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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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浅い闇の淵で(3)


「私、……あんなに何度も助けてもらったのに、何もできなくて……。見てることしかできなくて……」

「そんなことはない。危険を顧みず、俺を待っていてくれたのはエルだろう? 無茶をしても、アンデッドの情報を手に入れてくれたのはエルだったじゃないか」


 ロイズハルトのその言葉に、エルフェリスははっと顔を上げると、すぐ目の前で揺れている紫暗の瞳を見つめた。


「我々はよほど……禁術使いに好かれてしまったようだな」


 ロイズハルトはそう言うと、ダークアメジストの瞳を隠すように微笑んだ。


「笑ってる場合じゃないよ、アンデッドだよ? ハイブリッドの中に、本当に禁術使いが混ざってるかもしれないんだよ?」

「そうだな。……確かに笑っている場合じゃない」


 刹那、鋭利な色を湛えた視線をエルフェリスから外し、ロイズハルトは態勢を立て直すために身じろぎした。エルフェリスは慌てて彼の背に手を差し出し、枕をクッション代わりにしてそれを支える。


 そして改めて近くにあった椅子をベッドの横に移動させると、ロイズハルトの傍らに腰を落とした。


 それを待って、ロイズハルトは再びエルフェリスに視線を合わせる。


「ヘヴンリーの一味だったのだろうか? それは聞いてないか?」

「聞いたんだけど……曖昧で分からなかったんだ。限りなくヘヴンリーだと思うんだけど、決定的な決め手になるものが無くて」

「ふふ、確かに。奴は顔の造りを除けば、実に一般的なありふれた毛色に、瞳もありふれた青だしな。こそこそ悪さもしやすいだろう」

「ひどっ」


 ロイズハルトの口から滑り落ちた嫌味に、エルフェリスは思わず苦笑する。


 けれど確かにそうなのだ。


 ヘヴンリーという男は顔の造形こそ彫刻のように美しいのだが、髪や瞳、体格、服装、立ち居振舞いなどにこれといった特徴もなく、言葉だけで彼を見極めるのは実に困難というものだった。


 どれほどの美貌を誇ったところで、ヴァンパイアという生きものは誰も彼も容姿自体は申し分ないのだ。「青い瞳の栗毛で、美形の男」と伝えたところで、余計に相手を混乱させるだけだろう。


 だからエルフェリスも、カイルにヘヴンリーのことを尋ねた折にはどう伝えていいものか悩んだくらいだ。


 似顔絵でも持ち歩いていれば話は別だが、まずヘヴンリーの似顔絵などエルフェリス自身持ち歩きたくもないし、それに毎度毎度お尋ね者のビラを持って行動する物好きなヴァンパイアも恐らくはいないだろう。


 だから案外ヘヴンリーもそれを見越して、好き放題しているのではないかと勘ぐった。行動は目立っても跡が残らないのなら、これほど都合の良いことは無いのだから。


「でも……本当になんなんだろうね。私とリーディア、ヴィーダとハンター。どれもヘヴンリーにとって目障りな存在だってことは解るんだけど、……なんか腑に落ちないんだよなぁ」


 ぽつりと口から出た自分の言葉に腕組みをしながら、エルフェリスはしばし考えを巡らせた。


 まず初めに、エルフェリスは神聖魔法使いであるから、ハイブリッドであるヘヴンリーにとっては当然忌むべき存在なのは分かる。


 自分の操る魔法はヴァンパイアにとって仇とはなり得ても、利益をもたらすことは無い。


 加えて人間だからと血でも啜ろうものなら、ハイブリッドヴァンパイアはその身を聖なる炎で焼き尽くされてしまうのだ。災厄以外の何者でもないだろう。


 次にリーディア。


 彼女もヘヴンリーとは敵対関係にあるから、何かと消えてくれた方が急進派にとっては都合が良いだろうことは想像に難くない。


 指導者を失った組織というものは案外脆く崩れてしまうものだから、リーディアを狙うことで、いわゆる保守派のハイブリッドたちを瓦解させようという思惑が渦巻いていたのだろう。


 そしてヴィーダ。


 ここはハンターたちがヴァンパイア狩りの拠点としていた村の一つだったわけで、ヘヴンリーが想い描く理想の世界を築くためには当然大きな弊害となる。


 そこを根城と定めるハンターとともに、さっさと葬ってしまいたいのが本音だろうとエルフェリスは考えた。


 けれど、一番の疑問はここにあった。


 ハンターの拠点のたった一つを潰すのに、わざわざアンデッドなどという手段を使うだろうか、とエルフェリスは思うのだ。


 例えばこれが理想を実現するための最終工程であって、あと一押しで世界全体を掌握できる局面であるのならば理解できる。


 死霊術を使おうが、蘇生術を使おうが、どうせ世界は彼らの手に堕ちるのだ。征服者たる者が、非征服者に何を見せつけようが、それはもはや彼らの力を一層誇示するだけであって、見せつけられた側がどう捉えるかなどは関係ない。


 でも今回はそうではなく、不本意な言い方をすれば、人社会からも忘れ去られたに等しい辺境の村を一つ滅ぼしたに過ぎない。


 そこにいたハンターたちをことごとく死に追いやるつもりならば、またアンデッドという切り札も策の一つではあると思う。


 だが彼らはデストロイやカイルの手でアンデッドが焼き払われた後は、戦わずして撤退している。壊滅寸前のハンターたちにとどめを刺すことなく、だ。


 ヴァンパイアと人間の間でいさかいを起こせば、遅かれ早かれ必ずシードが出て来るのを知っているから早めに手を引いたのだろうか?


 それならばなぜ、わざわざ目撃者を残す危険を冒してまで死霊術を行使する必要があるのだろうか。


 エルフェリスは小さく唸りをあげた。


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