聖剣を携える者(5)
あくまでも推測の一部でしかないが、彼が教会本部に雇われたハンターである可能性は否めなかった。
広く世の中に知れ渡っている話ではないけれど、最前線であったエルフェリスの村では割と頻繁に飛び交っていた噂の一つだ。共存の盟約を軽視し、好き放題暴れまわるハイブリッドたちに業を煮やした教会本部が秘密裏に数人のハンターを雇っているらしいと。
自分たちの保身のためだろうと笑い飛ばす神官たちも多かったが、エルフェリスの育ての父であるゲイル司祭はそうは思っていなかった。
各地を放浪しながら、出会ったヴァンパイアを狩る。
それがハンターたちのスタイルであったはずなのに、シードがここまで急激に数を減らしたのには、必ず裏があると踏んでいたからだ。
どこかの誰かがシードについての情報を提供しているのではないかと……。
「村に帰る! そんなこと聞いちゃったら黙ってられないよ! 全部司祭に聞いてくる」
気が付くと、エルフェリスはがばっと立ち上がって叫んでいた。
盟約を見守る一人の神官として、ハンターと教会の癒着疑惑を見逃すことはできなかった。
呆気にとられる一同を置き去りにして、勢いのまま広間を出ようとしたところで、はっと我に返ったレイフィールに引き留められる。彼の顔には珍しく、焦りの感情が見て取れた。
それもそのはずだった。
「待ってよ! エルは今、スキャンダルの真っただ中にいるんだよ! ハンターたちが、エルフェリスはヴァンパイアに心を奪われた、って流言してるんだ! 今帰れば、どうなるかわからないよ?」
その言葉に、エルフェリスは心の中で舌打ちせずにはいられなかった。
うすうす覚悟はしていたけれど、彼らの行動はエルフェリスの想像よりも遥かに早かったようだ。
聖職者である自分が、三者会議を終えた後もヴァンパイアたちと行動をともにしているのは教会本部も把握しているはずであったが、それはあくまでも盟約の行使を監視するためであって、有事に際してハンターと対立することではない。
エルフェリスの立場はあくまでも人間側のそれであり、最悪の場合でも目を瞑ってもらえるとしたら、せいぜい中立を貫いた時くらいだろう。
それを今回エルフェリスは中立どころか、ヴァンパイア側に立ってハンターたちに刃を向けた。エルフェリスのその行動を教会本部に通告されても仕方のない状況なのであった。
それにしてはあまりにも素早い気がしなくもないが……まあ、それを言っても仕方あるまい。
そのようなわけで、ここでのこのこエルフェリスが村へと出向いては、彼女の噂を触れ回っているハンターと遭遇する可能性は極めて高く、今の段階では教会本部や噂を耳にした人々に拘束されたりはしないだろうが、またヴィーダでの二の舞になるわけにはいかなかった。
情熱のままに動いて、また情報を持ち帰れない事態になったら元も子もないのだ。
それに……それではロイズハルトは何のためにあのような目に遭ったのか分からなくなる。
――私は彼に、護られた。
ロイズハルトの姿が脳裏に浮かぶ。
彼のために少しでもデストロイの剣について、また、デストロイと教会の関係について情報を手に入れることがエルフェリスにできる唯一の償いであるだろうに、無力な自分がつくづく腹立たしく思えた。
ハンターたちのしたたかさが気に食わず、エルフェリスは少しだけ唇を尖らせると、元の席に戻ってやや乱暴に着席する。
「むっかつくなぁ……。デストロイもカイルもさ! 何なのあいつら、ハンターだからって威張ってんじゃないわよ。ホント何様。あーむかつく!」
そして、結局は飲み込み切れなかった怒りを爆発させた。
一通りの暴言を吐き終える頃には、全員が苦笑混じりの表情でエルフェリスを見つめていた。それに気付いて慌てて口を噤むも、すでに時は遅し。
赤面するエルフェリスに待っていたのは、爆笑という名の大渦だった。
紅潮する表面とは裏腹に、体内は滝のような汗で冷えていくというのに、他の面々はエルフェリスの発言がよほど面白かったようで、突っ伏したり、顔を背けたり、大口を開けたりしながら笑い転げている。
怒りに任せた発言には十分注意が必要だと悟った瞬間だった。
「とにもかくにも、ロイズの状態も予断を許さないというわけではないですし、時間は掛かるかもしれませんがそのうち回復に至るでしょう。剣の事は私も調べてはみますが、ひとまずはここで区切りを付けましょう」
目尻に溜まった涙を指先で拭いながら、いまだ笑いから解放されない一同を見回したルイによって、この場に幕が下ろされた。
そしてそれぞれがそれぞれの思いを抱きながら、一人、また一人と広間を後にする。
彼らの姿を見送ると、エルフェリスもリーディアを伴って広間から新たな一歩を踏み出した。