聖剣を携える者(3)
その声を聞き取ったデューンヴァイスが、その体ごとレイフィールの方に向き直る。
「ああ、十字架の剣てやつか?」
「そう。ここにいてもなんか変な感じがしてさ、ロイズにも警告したんだけどね」
デューンヴァイスの問い掛けに、レイフィールは微かに表情を曇らせて頷いた。
「なんかこう、神経に作用するっていうか……気持ちの悪い感じでさ! ルイも感じてたでしょ?」
「ええ。あれは魔法の類かと思いますね。それも、極めて強力な……」
プラチナの髪を揺らしながら、ルイの目線はレイフィールへと注がれる。
「しかし彼は魔法を使えるのだろうか?」
言いながら、そして今度はその視線をエルフェリスに移してくると、それに気付いたエルフェリスはルイのもたらした疑問に対して首を振る形で答える。それを確認し、ルイは一言「そうですよね」と呟いただけだった。
シードであるロイズハルトやルイに効果を表したのならば、それはほぼ神聖魔法に近しい力だとエルフェリスは思案する。
しかしデストロイは魔法はおろか、通常の神官たちが扱うような初歩の魔法すら使うことはできなかったはずだ。彼もあの村で生まれ育っていたから、半ば強制的に聖職者への修業を試みたが、魔法の段階にも辿り着けずに終わったと司祭が笑っていたのをエルフェリスは覚えている。
デストロイには魔法の素質は無い、と。
だからデストロイが魔法を扱えるとは考えられなかった。
怪我も毎回教会へ出向いて治してもらっていたくらいだし……。
けれどそのやり取りに一人だけ、反応を示す者がいた。
濃紺の扇をおもむろにたたみ、それを薄く開いた口元にあてている。サフィだった。
彼女は忙しく視線をあちらこちらへと泳がせて、その脳内から必死に何かを引き摺り出そうとしているようだった。
けれど次の瞬間、その答えに辿り着いたのか、サフィはあっと小さく声を漏らした。
「それは恐らく、神の祝福を受けた魔力の宿る剣です」
形の良いサフィの唇から滑り落ちた言葉に、その場にいた全員が彼女に注目した。
サフィの話は、かつて人間とヴァンパイアが飽くなき争いを続けていた頃にまで遡る。
圧倒的な力の差に苦しんでいた人間たちは、長い年月を経て神聖魔法を生み出した。それにはヴァンパイアたちの力を著しく奪い、中には直接とどめとなるような強力な魔法も含まれていた。
かの魔法を操る者は神の加護を厚く受け、その血はシードヴァンパイアをも永劫の闇へと葬り去った。
彼らの台頭は、それまで無敵を誇っていたヴァンパイアにとって、底知れぬ脅威として知れ渡っていった。
だが一つだけ、欠点があった。
「エルフェリス様ならご存知でしょう?」
そう問い掛けられて、エルフェリスは一度だけ頷いた。
「数が少なかったのね」
「そうです。神聖魔法を習得できる者は今の時代においてもほんのわずか……。その事実をヴァンパイア側に知られるのを、人々は恐れていた……」
そこまでの話はエルフェリスも良く知っているところの話だった。
人間ならば誰でも一度は聞かされる話の一つだし、様々な偉人、賢人が書き残した伝記にもその記述はあまねく見られる。
運よく神聖魔法の使い手が数多く得られても、永遠の命を誇るヴァンパイアの前では、人の命など星の瞬きほどにもならない。一瞬の栄光に酔いしれることはできても、彼らの死後を補うだけの新たな使い手が現れると保証されているわけではなかった。
だから人間は今も、新たな魔法の習得者を血眼になって探している。
けれど、サフィが言っていた神の祝福を受けた剣とは一体どういったものなのだろうと、エルフェリスは心の奥底で首を傾げた。
剣の話などは、まるで聞いたことが無かったのだ。
それをそっくりそのままサフィに伝えてみれば、サフィは真剣な眼差しで「そうでなくてはならないはずです」と答えた。