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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
109/145

聖剣を携える者(2)


***

 


 リーディアに先導され辿り着いたその部屋は、初めてこの城でシードらと対面した時に通されたあの大きな広間だった。


 優美な装飾で彩られた、非常に豪奢な空間。


 見上げる天井一面には、あの日ゲイル司祭と並び仰いだ泉の乙女の絵画が、あの日と同じように横たわっている。


 ゴールドのレースで縁取りされた深紅のテーブルクロスの上には、空間を淡く照らす燭台と、白い薔薇が交互に置かれていた。


 広間にはすでにルイやデューンヴァイスをはじめとする面々が集っていて、エルフェリスとリーディアが最後の到着となった。


 ルイにデューンヴァイス、レイフィール。


 それに濃紺色の扇を優雅にはためかせる女性が一人、レイフィールの後ろに控えるように立っていた。


 その女性のことは、エルフェリスも良く知っている。レイフィールのドールの一人である、サフィだ。


 かなり早い段階からエルフェリスに気さくに声を掛けてくれ、時には茶会などにも誘ってくれるこの女性は、この城における数少ないエルフェリスの友人の一人と言っても過言ではなかった。


 非情に稀な例ではあるが、サフィは人間であった頃の記憶を有しており、軍事に長けた一族の出身であった彼女もまた、時にはシードのためにその知識を惜しげもなく提供する場面が見られた。シードからの信頼もことのほか厚く、今回も恐らくは彼女の助言を期待してこの場に呼ばれたのだろう。


 そんなサフィはエルフェリスの姿を認めると、はっと息を飲むほどの美しい微笑を湛えて小さく手を振った。


 彼女に目配せをして答えると、エルフェリスはさっそく自分に宛がわれた席に腰を下ろした。


 三者会議の時のように仰々しいものではなかったため、広いテーブルの中央に全員が固まるような形で着席している。


 エルフェリスが座り終えるのを待って、ルイは改めて一同を見回すと、堅苦しさを取り除くような笑顔をもってこう言った。


「全員揃いましたね。では、改めてヴィーダでのこと、報告させていただきましょうか。レイやデューンが知っているのは、私やエルを通して見た断片的な情報だけだろうからね」


 微笑むと、ルイはそれまでの自身が遭遇した出来事を一言一言ゆっくりと、そこに集う者たちに語って聞かせた。それはほぼ、エルフェリスの記憶と合致している。


 一つだけ初耳だったことは、エルフェリスが一人ヴィーダに潜入していた間に二人が取っていた行動だけだった。


 しかしそれにも特に重大な情報は含まれておらず、ルイは自分の話が終わると、次はエルフェリスに情報を提供するよう促した。


 彼の催促に頷くと、エルフェリスは少しだけ身を乗り出して、それまでの出来事を一つ一つ順を追って辿っていった。


 彼らと離れて、一人ヴィーダに入ったこと。


 誰も居ない路地の一角で誰かに襲われ、それをハンターであり、幼馴染みでもあるカイルに助けられたこと。


 デストロイの来襲を知って、カイルの元を逃れようとしたところをシードらに助けられて、今この場にいることまでをなるべく見落としの無いように丁寧に語る。全員がそれを、真剣な眼差しをもって聞いていた。


 やはり全員の興味は、ヴァンパイアの気配が残るヴィーダに、一人のハイブリッドも見つけられなかったことに集中しているようだった。


「エルが襲われたことと関係があるのだろうか……」


 レイフィールが片手を口元にあてながら、そう呟く。


「その後死体の中に放り投げられていたところも気になるしな」


 そうすれば、レイフィールの発言を受けて、デューンヴァイスも逆立てた髪を揺らしながら首を傾げた。


 もしその一連の出来事がハイブリッドによるものだとしたら、シードとハンターによる戦闘の合間にでも姿を現しそうなものなのに、結局一度もその姿を確認することはエルフェリスも、シードたちもできなかった。


「そもそも、あの場にハイブリッドが残っていたとしても、彼らハンターに太刀打ちできるかと言われれば、はなはだ疑問ですけどね。私も実際手を合わせてみて思いましたが、……カイルとデストロイというハンターはなかなかに手ごわい存在ですよ。ヘヴンリーに付き従うだけが能のハイブリッドには手に余るでしょうね」


 それぞれが口にする疑問に一度に答えるがごとく、ルイは眉根を寄せながら忌々しそうにそう呟いた。その言葉を聞き届けてから、エルフェリスも同様に頷く。


 それにやはり、あのヴィーダにはハイブリッドは残っていなかったと見て間違いないと踏んでいた。


 根拠はこうだ。


「血と、水」


 突然うわ言のように言葉を紡ぎ出したエルフェリスを、全員が不審の色を浮かべて注目した。


「どうした? エル」


 中には訝しげに顔を歪めて、その名を呼ぶ者もいる。


「だから血と水だよ! ハイブリッドの身体を生贄として、アンデッドを作り出すことって可能なの?」


 勢い付いたエルフェリスの問い掛けに、すぐさま反応できる者は誰一人いなかった。誰もが面食らったように目を見開いて、エルフェリスの顔を凝視している。


 でもエルフェリスはあの日、確かにアンデッドの名をその耳でしっかりと聞いたのだ。カイルと再会したあの日に。


「カイルが言ってた……。ハイブリッドの群れの中にアンデッドが混ざってたって。それでどうしようもなくなって村に火を放ったって!」

「それは確かか」


 エルフェリスの訴えに、一番早く驚愕から立ち直ったデューンヴァイスが素早く反応した。それに次いでレイフィールも、わずかに首を振りながら何かを思案している。


 もし万が一、ハイブリッドでは生贄には不足との結論が出されれば、カイルの言っていた話はまるで嘘だったということになる。


 けれどもそれは、しばらくの沈黙の後、意識の半分を自身の思考に置いたままのレイフィールによって、可能であると証明された。


「僕たちヴァンパイアは、人間と等しく血液というものを与えられていながら、それを新たに作り出すことも、自力でそれを押し出すこともできない構造になってるんだ。そしてそれを補うために人間の血が必要で、僕らは定期的に吸血をするわけなんだけど、……まぁ、これは建て前なんだけども。実際大好物でもあるんだけども。……でもだからと言って、生贄にヴァンパイアが適さないという話は聞いたことがない。一般的に考えて、死霊術の使用には人間が捧げられることが圧倒的に多いってだけの話さ」


 わざわざ仲間を差し出すような物好きなんて、そうそう居ないだろうから。


 レイフィールは最後にそう付け加えて締めくくる。


 それにより再び生まれる沈黙。


 エルフェリスはと言えば、レイフィールの言葉を受けて、動く限りの脳細胞を総動員させながら必死に話を整理していた。


 まず、死霊術によってアンデッドが生み出されたのはエルフェリスたち一行がヴィーダに入る前のことであったのは確かで、ハイブリッド――実際にはアンデッドの群れであったというのだが、それらがヴィーダに攻め入ったという一報がレイフィールの放った偵察によってもたらされたのが、それからさらに後のことであった。


 カイルは確かにあの時、死霊術の発生源を突き止め、これも焼き払ったとエルフェリスに言っていた。


 つまりエルフェリスやシードたちがヴィーダにたどり着いた時にはもう、アンデッドも、生贄たる者もすでに焼き払われた後で、この世には存在しない。


 仮にハイブリッドたちがどこかで成り行きを見守っていたとしても、大量の気配だけを残して姿は消し去るというようなことがあるのだろうか。


 シードヴァンパイアの目すらも眩ませるような、そういった類いの術でもあるのかと……。


 深まる謎は、次から次へと新たな不審を招く。


「この前の禁術師と同一人物だろうか……。おかしなことばかりだな」


 デューンヴァイスもまたその瞳に鋭い色を湛え、目の前で揺れる蝋燭を見つめていた。


 それに同意を示すのは、黙って会話の行方を見守っていたルイだ。


「ロイズの状態が快方に向かわないのも、気になりますしね」


 様々な問題に直面している彼らを、今一番悩ませている問題が実はこれであった。


 デューンヴァイスの魔法で出血を抑え、ドールの血を含ませればすぐに回復するだろうと見込んでいた彼らの予想は、どうしてかことごとく裏切られていたのだ。


 快方へ向かうどころか傷口さえ塞がらず、文字通り何人ものドールが枯れ果てるまで血を与えても、その再生能力を活性化することができないでいるらしい。


「やっぱり……あいつの持ってた剣に何かあるのかな」


 どこかに視線を逸らしたままのレイフィールが、ぼそっと呟いた。


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