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† 残 †   作者: 月海
第六夜 螺旋の彼方
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聖剣を携える者


 想うだけではどうにもならないことがあると、この数日間で嫌というほど思い知らされた。結局、自分の中にあるのは中身のない空っぽの理想論なのだと痛感する。


 まったく生態を異にする種族が共存しようとしているのだから、ある程度のすれ違いや、くい違いには目を瞑るべきだとは解っていた。解っていたから余計に、それを眼前に突き付けられた時には身動きが取れなくなった。


 本音と思考は必ずしも同じであるとは限らない。


 だから立ち尽くすしかなかった。





 居城に到着してすぐに、待ち構えていたデューンヴァイスによってロイズハルトの手当が早急に行われた。


 とはいえ、デマンドの言っていた通り、ロイズハルトの負った傷の深さに対してデューンヴァイスの魔法は本当に雀の涙程度の治癒力しか見せず、期待していたほどの回復は見込めなかった。


 出血は止まったものの傷口を塞ぐことはできず、ロイズハルトはすぐに自室へと移されることになった。ここから先は、ドールの血をもって回復を試みるのだという。


 エルフェリスはそれを、離れた場所からただ漠然と眺めていることしかできなかった。


 他の人々は皆ロイズハルトに触れられるのに、自分は彼に近寄ることすら許されない。


 だからルイに促されて馬車を降りてもなお、固く両手を握り抱き、ロイズハルトの無事を祈ることしかできなかった。


 けれど一体誰がこの願いを聞き届けてくれるというのだろう。


 自嘲の笑みがいくつも零れては消えていった。


「エル、あなたも疲れたでしょう。今日はもうお休みなさい。大丈夫ですから」


 無意識にロイズハルトの消えた方向を睨み付けていたエルフェリスに、ルイが遠慮がちに声を掛けてきた。けれどわずかに身を震わせるエルフェリスに気付いてか、彼は薄く息を吐くとそれ以上を口籠る。


 ルイに返事をしなければと思っていたのに、上手く言葉を紡ぐことが今のエルフェリスにはできなかった。


――情けない。


 気を落とすことなど無かったのに。あれは自分を助ける為のロイズハルトの優しさだったのに。


 割り切ることができなかった。


 この腕が、心が、限界まで悲鳴を上げていた。





 夜。


 四季咲きの白い薔薇はまるで広大な海原を彷彿とさせるように寄り添い合い、降り注ぐ闇を照らすように揺れていた。


 半分ほど開け放った窓からは、香しい花の香りが漂ってくる。


「失礼します。……エルフェリス様?」


 数回のノックの後、躊躇うようにこの部屋を訪れたのはリーディアだった。


 窓際の縁に腰を下ろし、組んだ足の上で頬杖を付いていたエルフェリスは、突然のリーディアの訪問を受けて慌てて立ち上がる。


 すると彼女はくすっと含み笑いを漏らし、優雅に会釈をしたあと、エルフェリスに近寄ってきた。


「ご機嫌いかがですか? 少しは気分転換になりましたでしょうか?」


 あれからさらに数日が経過していた。


 その間にこの部屋を訪れる者は誰一人おらず、久しぶりに誰かに会う感覚を、不思議な想いを抱えたまま思い出していた。


 帰ったらいくらでも愚痴を聞いてやると言っていたデューンヴァイスでさえも顔を見せなかったのは、どうやらエルフェリスの心中を案じてくれたルイがむやみな訪問を控えるよう忠告してくれたからだそうだ。


「ハンターに追い回されたり、ロイズに喰い殺されそうになったり、散々な目にあって疲れているでしょうからね」


 いつもの柔らかな笑みの中に、有無を言わさぬ光を湛えて、ルイは一同を見回したのだとか。それはさぞかし皆を震え上がらせただろうと想像すると、少しだけエルフェリスの口元に笑みが戻る。


「私は……別に何ともないのに。でもルイには後でお礼を言わなきゃだな」


 独り言のように呟いて、そして自分をごまかすようにぽりぽりと頭を掻く。


 リーディアはその間、何も言わずにエルフェリスを見つめているだけだった。


 視線が、少しだけ痛い。


「……ロイズは……どうなった?」


 わずかばかりの気まずさを感じて、エルフェリスはぎこちなく爪先に視線を落とすと、それだけを簡潔に尋ねた。


 するとリーディアは一瞬思案を巡らせるような素振りを見せた後、「お変わりありません」とだけ答える。


「……変わりなし、か。ドールの血を含めば、治るんじゃなかったの?」


 リーディアの返答に一抹の不安を感じてそう言えば、彼女はまるで自分を納得させるかのように何度も頷いた。


「そのはずです! そのはずなのですが……難航しているようなのです」


 力を込めてそう訴えるリーディアの瞳に不安の影が差しているのを、エルフェリスは見逃さなかった。


 ドールの血をもってしても、治らない?


 聞いていた話とはまた違う症例を告げられて、ヴァンパイアの身体の構造に詳しくないエルフェリスは首を傾げた。


 デマンドは言っていた。瀕死のヴァンパイアはいつも以上に人間の血を欲する、と。


 ルイも確かに、人間の血を含むことでヴァンパイアの治癒能力は活性化すると言っていなかったか。デューンヴァイスもそれを知っていたからこそ、エルフェリスを先に帰そうとしたのではなかったか。


 最終的にはドールの血をもって回復を図ると。


 それがことごとく功を奏していないとは一体どういうことなのだろうか。


 ぐるぐると頭の中を、様々な想像が浮かんでは消えていく。


「それにさしてはエルフェリス様。ヴィーダでの状況をもう一度整理するためにも、ルイ様が今、皆様を招集しておいでです。ロイズ様の状態に対してもお話があるそうですので、エルフェリス様さえ良ければ、とのルイ様からの伝言ですわ」

「ホント?」


 リーディアのその言葉は、エルフェリスの燻る心に火を点けるに十分すぎる効力を持っていた。がばっと顔を上げ、リーディアの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「もちろん、行くよ!」


 そして出た言葉は、ここ最近で一番の声量をもって返された。

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