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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
105/145

風と砂(4)


 風が動いた。


 この風には覚えがある。


 ロイズハルトとルイの助けになれば、と願ってエルフェリスが意図的に作り出した魔法の風だ。


 それが今、不穏の空気を伴って揺れている。


「なにか……」


 よくない事が起こっている気がした。


 これは直感。体中の血液が波立つようにざわめいている。


 そういえば、先ほどからデューンヴァイスの声がしない。


 エルフェリスが無事デマンドと合流できたからなのだとしたら安堵もできるが、どうしてもそうとは思えなかった。先ほどまで笑顔を絶やさなかった目の前の御者の表情が、見る見るうちに険しくなっているのだ。


 誰かと言葉を交わしているのか、時おり頷いては眉間の皺をよりいっそう深めていく。彼の顔を見つめながら、エルフェリスは人知れず自分の胸をかき抱いていた。


 風が、おかしい。


 不安に駆られるエルフェリスの隣でデマンドは恭しく一礼をすると、「かしこまりました」と言葉を漏らした。


 そしてすぐにエルフェリスに向き直る。


「今すぐここを離れます」

「え……?」


 デマンドの言っている意味が分からずに、エルフェリスは無意識に呼吸を止めた。


 この場を、離れる?


「だって……まだロイズもルイも戻って来てないよ?」


 懸命に振り絞る声が掠れていたのに気づかないほど、エルフェリスの心はひどく揺さぶられていた。


「デューン様からの命令です」

「命令って……どういう……」

「とにかく今は馬車にお上がり下さい」


 エルフェリスの質問に答える時間すら惜しいといった風に、デマンドはエルフェリスの肩を掴むとそのまま馬車の扉を開けて中に押し込もうとした。


 けれどエルフェリスは納得できずに声を荒げる。


「待って! 一人だけ先に帰るなんてできないよ! どういうことか説明して、お願いだから」


 デマンドの手を乱暴に振り払って、エルフェリスは一人肩を震わせた。


 ただでさえあの二人を戦場に置き去って自分はこうして逃れることができたのだ。その上、先に城へ戻れとは到底承服できるものではない。


 頭を抱えながら、肩で激しく呼吸する。


 何が起きているのか、不安に飲み込まれそうだった。


『ロイズが手傷を負ったらしい』


 そんな時響いてきたデューンヴァイスの言葉は、まるで荒野の中を無数に降り注ぐ矢の雨のごとくエルフェリスの心を貫いた。


「え……」


 全身の力が奪われ、視界から色が奪われていく。


『十字架の剣を持つ男に刺し貫かれたらしい。奴はルイが上手く処理したようだが、このままでは』

「じゃあ尚更待っていないと!」


 デューンヴァイスの言葉を遮って、エルフェリスは叫んでいた。


 貫かれた?

 十字の剣で?


 十字の剣。


 ――デストロイだ。


 あの男に、ロイズハルトが刺された?


 目の前が真っ暗闇に染まっていく。


「エルフェリス様!」


 ふらりとよろめく体をデマンドに支えてもらいながらも、エルフェリスは乱暴に頭を振った。


「大丈夫、ごめんなさい」


 エルフェリスはそれだけを伝えると、再び自らの足に力を込めて立ち上がった。


『私は何もできないかもしれないけど、二人を待つことくらい許してよ』


 お願い、と祈りを込めて哀願するエルフェリスに、デマンドが困惑の色を浮かべて小さく息を吐いた。それから爪先を睨み付けたままのエルフェリスを覗き込むように態勢を低くすると、諭すような声色で言う。


「エルフェリス様、ここはデューン様の命に従って下さい。瀕死のヴァンパイアというものは、無意識に人の血をいつも以上に欲するのです。ロイズ様とて例外とは言えません」

「でも!」

『制御が利けばまだしも、万が一ロイズが自我を失っていたとしたら、ただじゃ済まないんだぞ?』

「構わない!」


 それでも自分は、彼らの帰りを待ちたいと思った。


 自分の身が危険に曝されるから逃げる、そんなことはもうたくさんだ。ロイズハルトを犠牲にして、自分一人逃げることなどできない。


『私は待つよ、二人を』

『チッ。……どうなっても……知らねぇぞ』


 不機嫌そうに舌打ちするデューンヴァイスに、エルフェリスは一言「ごめん……」と呟くのが精一杯だった。


 私は待つ。


 たとえ自分がどうなろうとも、あの二人の姿を見るまでは帰れない。


 押し潰される。


 押し潰される。


 二人を残してさっさとヴィーダを逃れた自分が心底腹立たしかった。


 押し潰される。


「エルフェリス様……」


 怒りと不安に震えるエルフェリスの肩を支えるようにデマンドがそっと並び立つ。


 その中を、嘲笑うように風が通り過ぎていった。




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