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† 残 †   作者: 月海
第五夜 存在理由
104/145

風と砂(3)


***



 声が、聴こえた。


 いや、正確には聴こえた気がした。


 見晴らしの良い草原を抜け、うっそうと茂る木立の間を縫うように進み、ようやくデマンドの待つ暗道へと足を踏み入れようとしていた矢先のことだった。


 声に引き留められるかのように、エルフェリスの体が一瞬硬直した。そしてとっさに振り返る。


 今辿って来た道と、幾重にも重なり合う木々以外何も見えるはずないのに、その先を見透かそうと目を凝らした。でも、何も見えない。


「エルフェリス様! 御無事で何よりです!」


 突然名を呼ばれて向き直ると、そこには安堵の表情を浮かべたデマンドが立っていた。


 すでに連絡が届いているのか、彼はエルフェリスの無事を心底喜んでいる様子であった。


「デューン様とレイフィール様より伝達がありました。ロイズ様方も撤退を始めることと思いますので、エルフェリス様はどうぞ中でお待ち下さい」


 デマンドはそう言うと、エルフェリスをエスコートするかのようにすっと右手を差し出した。


 これは手を取るべきなのか? と彼の端正な顔と差し出された手を交互に見やっていると、デマンドはエルフェリスの心中を察したのか、目を細めると小さく笑みを漏らした。


「暗道の入り口には城と同じく許可無き者が侵入できないよう魔法が掛けられております。エルフェリス様単独での侵入にはいささか不安が残りますので、どうぞ、この手をお取り下さい」


 デマンドはそう言うと、すべての女性を射殺さんばかりの笑顔をエルフェリスに向けた。


 頭の片隅で「役得だなぁ、デマンド」というデューンヴァイスの声が響いていたが、役得なのはむしろ自分の方ではないかとさえ思える。


「じゃあ……すいません、……失礼します……」


 美しく微笑む目の前の青年に恐縮して、消え入りそうな声でおずおずと彼の手に己のそれを伸ばせば、返答の代わりにいま一度の笑顔がエルフェリスに向けられた。


 それからエルフェリスはデマンドに導かれて、何もない崖の手前まで歩いて行った。そこは遥か上方まで手の掛ける場所すら無いような断崖絶壁のふもと。


「どうぞこのままお進み下さい」


 エルフェリスの手を引いたままデマンドはそれだけを告げると、歩みを緩めることなく、高く切り立つ壁の方へと足を向けた。


「ま……まさかここ……」

「少し……不快かもしれませんが」


 驚き、おののくエルフェリスの手を力強く握りしめ、デマンドは苦笑した。


 けれど何でもない顔をしたまま、足並みを崩すことはついになかった。


 ぶつかる!


 そう思った瞬間、エルフェリスは体に力を込め、ぎゅっと目を閉じていた。


 ずずず、と無機質な何かが纏わり付く感覚に震える。


 しかしそう思ったのはほんの一瞬だけで、怖いもの見たさにうっすら瞼を上げてみれば、そこはもう広いトンネル状の暗道の中。見慣れた黒塗りの馬車が向く先には、薄暗い闇の通路がどこまでも伸びている。


 いつもは走り抜けるだけで良く見えていなかったが、こうしてじっくり見回してみると、たくさんの木の根や幹、枝、岩や土が重なり合うようにして作り出されたものであることが容易に分かった。


 暗闇に目の利かないエルフェリスでさえ慣らすことなくうっすら物が見える辺り、どこからかわずかばかりではあるが、陽の光が供給される個所があるのだろうと推測する。


「空気を取り込むために、少しずつですが実害の及ばない程度に穴は開けてあるのですよ」


 エルフェリスの疑問に対して、デマンドは馬のくつわを点検しながらそう言った。


 とはいえ、老朽化などで大穴が開いている場合もあるため、デマンドら御者の纏う外套には彼らの城の窓ガラスと同じように、太陽避けの特殊な加工が施されているのだそうだ。


「不便だと……思ったこと、ない?」


 デマンドの作業の邪魔にならない程度にそう尋ねてみれば、デマンドは軽く笑ったまま馬の首筋を一撫でした。


「私から見れば、人間の方がよほど不便ですよ。それにこの命に限りはありません。一つくらいハンデを負っても文句は言えないでしょう。生活時間帯をきっちり守り、規則正しく生きることができればそれほど恐れるものでもありませんしね」


 そう言って笑ったデマンドの言葉に、エルフェリスはにわかに嬉しくなる思いを隠しきれなくなっていた。


 脳裏に浮かぶ、二人のヴァンパイアの姿を思い浮かべて。


「今のデマンドさんとまったく同じこと言った人を、私知ってるよ」

「そうですか? 誰でしょう」

「デマンドさんの知ってる人だよ」


 機嫌よくデマンドと言葉を交わしながらも、エルフェリスはその片方、リーディアのことを考えていた。


 慌ただしく出立したものだから、リーディアに行ってきますの言葉さえ掛けられなかったことを思い出す。


 また無謀なことをして、と怒られちゃうかなとも思ったが、それでも良いかとエルフェリスは一人頷いた。


 その時だった。


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