第三十一話 翔の祖父
やっとこの人を出せましたね。
まぁかといってどういうわけでもないですけど。
あれからというもの、真琴は一切表情を変えることもなく、その部屋の中にいた。香月が持ってきたご飯すら、手をつけようとはしない。式の二匹は一定の距離を置いて傍にいるが、決して近付こうとしないのは、何かを感じ取っているからなのだろうか。
そして、香月はこの日、とんでもない命を受けてこの部屋に来た。
「翔の爺さんが、お前に会いたいそうだ・・・。」
「え・・・・・?」
「ここの最高権力者にして、今の『不知火』当主。その爺さんがお前を呼んでるそうだ。いかないという選択肢はおそらくないな。」
そう言いながら、香月は真琴の足首の鎖をはずした。金のわっかはまだついたままだ。
「わかった・・・・会ってみる・・・・。」
「立てるのか?」
「ん・・・・・無理かもしれないけど・・・・。」
「はぁ・・・だから食えっつってたのに。」
「・・・・・・・。」
仕方なく、真琴を背負った。二匹が心配そうに立ち上がって仰ぎ見ている。
「こいつらはどうすんだ?」
「あ・・・・コクとビャクはここにいて。僕は大丈夫だから・・・ね?」
くぅんと二匹はさびしそうに鳴いた後部屋の戸口のところで静かに座った。香月に背負われて真琴は長い廊下をいき、その回の隅にあったエレベーターに乗り込み最上階を目指した。
「ね・・・翔さんのおじいさんってどんな人?」
「そうだな・・・翔とは全然似てねーな。どっちかっていうと、翔の父さん似だな。翔は母さん似だと思うぜ?それでな・・・あの人の前ではとにかく気を抜かない事。あと弱み話なるべく見せね-方が良い。弱いとこ見せたらそこをどんどんついてくる、そんなような奴だな。」
「怖い人ってこと?」
「ま、そう思ってたらいいと思うぜ?」
最上階につき、二人はエレベーターから降りた。最上階は真琴がいた階よりも、格段に豪勢だった。その階にあるとある一室に二人は入った。その部屋はこじんまりした部屋で、部屋の真ん中に机が一つと棚が二つほどある質素な部屋だった。
「何だってこんなめんどくさいことしなきゃなんないのかね。」
「?なにが・・・・?」
「これに着替えろだってよ。」
そういって真琴を下ろした香月が机の上に置いてあったものを持ちあげた。それは白い袴だった。
「なんでそんなの?」
「俺が知るかよ。一人で着れるか?」
「着れるけど・・・・。」
「着終わったら外にきな。」
そう言って香月は外に出ていってしまった。真琴はしばらくその袴を眺めていたが、着替えることに決めた。着ものの着つけは、施設にいたとき、他の子供の七五三などで手伝ったことがあったのでわかる。なれた手つきで着替えを済ませた。その部屋にあった鏡で自分の姿を見ると、ほんとに真っ白な袴だった。
「そう言えば・・・護さん、和服好きだったな・・・。ご飯とか、どうしてるのかな・・・。部屋とか掃除してるのかな・・・。皆・・・元気かな・・・。」
なんで自分はこんなところに来てしまったんだろう。おかしいではないか。結局自分はだまされてここに来たという事だろう。何故もっと警戒しなかったんだろうか。自分が嫌いだと思っていた人にわざわざついて行くなんて・・・。しかもその人も偽物で・・・。なんてバカなんだろう。なんて愚かなんだろう。ああ、自分が情けない。あんなにも楽しくて幸せだった日常を、簡単になげうってしまった。誰かと一緒の家に住むなんて、自分にはないんじゃないかと思ってた。
「うれしかったんだよ・・・ほんとに・・・・。」
そう言って、真琴は自分がかけている眼鏡に触れた。初めて会った次の日に、翔が買ってくれた眼鏡。今の真琴には、もうそれしかない。彼らとのつながりは・・・。
「それでも、思い出したいから・・・・自分がなんなのかを・・・・。」
固く決意した真琴は、部屋を出て、外で待っていた翔の傍に行った。
「・・・・馬子にも衣装ってやつ?」
「それ褒め言葉じゃないよ?」
「ふん、ここにきて、初めて生きてますって感じの顔してる。」
「うん、なんか僕の中で決まったからかな。」
「じゃ、行くか。」
香月があるき出したので、真琴も彼の後ろからついて行く。角を曲がり、一層豪華な襖の前に来た。
「ここが、翔の爺さんがいる部屋だ。いいか、なにがあっても弱みは見せんなよ?あと、あの人の思い通りにはなるな。自分の信念だけ貫け。あの人の願いを聞き入れんなよ。俺はここから先は入れないから、お前一人だけど。」
「う・・・・ん。大丈夫だよ。」
「ここで待ってるから終わったら出て来いよ。」
「うん。」
真琴は重いその襖をあけ、中へと踏み入れた。閉じていく襖の向こうに消えていく、その姿を香月はただ見送った。
あれ・・・・出てこない・・・あの人・・・あれ?
つ・・・次でてきますから!!
って別にそこまでしなくてもいいんじゃ・・・・