第十話 新緑園
真琴の実家ともいえる『新緑園』が今回の舞台。
翔たちは出番なしです。
朝食を食べた後、真琴は電車に乗り、久しぶりに育った施設に来ていた。といっても中には入らず、外から建物を眺めるだけだ。なにも変わらない、この施設は真琴が来た時から何一つ変わっていないのだ。
「あら、真琴くんじゃない?」
「?・・・・あなたは・・・・。」
買い物袋を提げて歩いてきたその女性は、真琴に優しく微笑んでいる。
「清水さん。お久しぶりですね、お買物の帰りですか?」
清水恵子。この女性はここで働いている人の一人で、真琴もよくお世話になった人だった。
「ええ、お昼御飯の材料を買いにね。真琴君は・・・・・・・。」
「僕は少し、ここを見に来ただけです。変わらないですよね、ここはずっと。」
「そうね。真琴君が来た時から、なにも変わってないの。今、真琴君はどうしてるの?」
「今は、知り合いの人に住まわせてもらっているんです。まだ独り立ちは無理で・・・、今日は何となくここに来たんです。」
「そうなの。でも、よかったわ。」
「?なんでですか?」
「真琴君がしっかり生活で来てて。真琴君、あまりにも幼く見えちゃうから、少し心配してたの。ここを出て一人で生きていけるかしらって。でも、元気そうでよかったわ。今は一人じゃないのね。」
「ええ・・・・まぁ・・・・。」
ほんとに、ここの人はよく見ている。真琴はそう思った。
「・・・・そうだわ。ついでに中も見ていく?」
「え・・・いいです。僕別に、そう言うわけで来たわけじゃないですし・・・・。」
「朋君も七夏ちゃんも喜ぶわよ。」
「・・・・そうですかね・・・・。」
「それに、園長も喜ぶわ。」
「!・・・じゃ、ちょっとだけ。」
「真琴君の分のご飯も作るわ。」
「え!?いえ、そんな、お構いなく。僕すぐ帰りますし。」
「いいのよ。久しぶりに食べてって。」
「はぁ・・・・・。」
清水に促され、真琴は久しぶりに施設、深緑園を訪問した。敷地内もほとんど変わってはいなかった。幼い子供たちが遊ぶための遊具や、ベンチが置かれている休憩所、小さな噴水。そして、皆が寝る寮。なにも変わっていない。ここで真琴は8年間を過ごしたのだ。
「懐かしい?」
「はい。僕にとっては実家に帰って来たみたいな感じです。」
「そう。あ、園長!!」
清水がブランコの近くで子どもたちを見ていた女性に話しかける。園長の神澤静江はまだ30半ばながら若くしてこの深緑園の園長をしている。
「あら、お帰りなさい。どうしたの?」
「ほら、真琴君ですよ!!」
清水に紹介され、真琴は園長に向かって頭を下げた。
「あら、久しぶりね。」
「お久しぶりです。」
「少しは立派になったようね。」
「そんな・・・僕なんかまだまだです。隆兄ちゃんに比べたら・・・・。」
「隆君?そういえば・・・どうしてるのかしらね。」
「隆兄ちゃんは、今刑事さんになってますよ。この間偶然会ったんです。」
「あらまぁ。立派になっちゃて。」
「あの子はまた連絡も入れないで。まぁ、それだけ忙しいのかしらね。真琴君は?」
「僕は・・・今は無職ですね。知り合いの人に頼りっぱなしです。」
「彼女?」
「い・・・いえ。そんなんじゃないですよ。ほんとに、良い人たちで・・・お世話になりっぱなしなんですけど。」
「でも、真琴君のことだから、ただでお世話になってはないわね。」
「え・・・まぁ・・・僕ができる家事とかは全部率先してやってます。」
「えらいわ。貴方は昔からそうだったもの。」
園長はそう言って真琴の頭をなでた。昔もよくこうやってなでてもらったのだ。
「あ、いっけない。こうしちゃいられないわ。お昼の支度しなきゃ。」
「僕手伝いましょうか?」
「いいのよ、真琴君は園長とお話してて。」
そう言うと清水は建物の中に入っていった。園長に手招きされて真琴はブランコの近くのベンチに腰掛
けた。園長もその横に座る。
「大きくなったわね。」
「そうですか?あんま変わらない気がしますけど・・・・。」
「確かに、今はそんなに伸びなくなってしまったかもしれないわね。」
「え・・・園長・・・・。」
「ふふふ・・・でも、昔はほんとにちっちゃくて、とても10歳には見えなかったの。それに、あまり笑わない子だったわね。いつも、あの滑り台の後ろに隠れて泣いてたわ。」
「・・・・・・そうですか?」
「そう。一年くらいかな・・・毎日それが続いてたの。私達もどうしようどうしようって、思ってたけど、二年目からかな、とたんに笑うようになったの。といっても、あまり仲良くならないみたいで、隆君以外話してなかったみたいね。」
「・・・・そうですね。そういえば、隆兄ちゃんは唯一泣いてる僕に話しかけてくれてたんですよ。にっこり笑って、どうしたの?とか、どっか痛い?とか聞いて来たんです。最初僕は無視してたんですけど、めげずに毎日傍にいてくれて、それで次第に仲良くなった気がします。」
「隆君の明るさが真琴君を立ち直させてくれてたのかもしれないわね。それからは、真琴君もよく小さな子の面倒を見てくれたり、洗濯とか手伝ってくれてたらしいわね。」
「はい・・・。園長、お聞きしたいことがあるんです。」
「なにかしら?」
「僕がここに来る前の事、何かご存知ですか?」
「来る前の事・・・・。そうね・・・・、私も実を言うとよく知らないのよ。貴方をここに連れてきた人も、自分はある人に頼まれてここにこの子を連れてきたって言ってたから。この子には親はいない。けど、自分のところにいては危険だからって、半ば強引に貴方を押し付けて帰ってしまった。その時貴方は白い布にすっぽり、まるで赤ちゃんみたいにくるまっててね。私は引き受けるしかなかったの。真琴という名前は、貴方が元いたところで、誰かがつけてくれたのかしら。」
「そうかも・・・しれません・・・。」
「やっぱり覚えてないのね?」
「はい。・・・・実を言うと、ここに来たのは、その事もあったからなんです。園長なら何か知ってるかなって思ってきたんです。別に会えないなら、会えないでもいいと思ってきたので、会えただけでもうれしかったです。」
「わたしもよ。」
「園長、僕を預けた人ってどんな人でしたか?」
「そうね・・・・若い男の人だったわね。髪の毛は黒くて・・・・でも、特徴的だったのはあの赤い眼ね。」
「赤?」
「そう。珍しいでしょ?今思えば、カラーコンタクトってものかもしれないけど、とにかく赤い目だったわ。」
「そ・・・うですか・・・・。」
真琴の脳内にはあの黒い獣の姿がちらついた。黒い毛に、真っ赤な瞳。これは偶然なんだろうか。
「園長せんせーい!!」
そこに、二人の子供が走ってきた。年齢は7・8歳と言ったところだ。
「お手玉見せて!!」
「あれ、真琴兄ちゃんだ!!」
「朋君に、七夏ちゃん。久しぶりだね。」
「うっわー、本物だぁ!どうしたの?」
「ちょっと遊びに来ただけだよ。」
「そうなんだー。」
井上朋君と竜ケ崎七夏ちゃんはまだ真琴が施設にいた頃、よく遊んでいた子どもたちだ。二人とも親に捨てられてしまったらしいが、とても明るい性格だ。
「園長先生、おてだまー。」
「ごめんなさい、わたしこれからお仕事があるの。そうだわ、真琴君、この子たちと遊んでくれるかしら?」
「え・・・あ、はい。いいですよ。」
「やった――――!!真琴兄ちゃん!!」
「真琴兄ちゃん、お手玉!!」
「はいはい。あ、園長。ありがとうございました。」
「いいのよ。またいらっしゃいね。」
「はい。」
園長は仕事のために施設の中に入っていった。
「よし、じゃお手玉やろうか。」
「真琴兄ちゃん4っつできる?」
「まかせてよ。」
真琴は久しぶりに会った子どもたちと夕方まで遊んでいた。
記念すべき第十話。
これからも頑張って続けていこうと思います。