導かれる者たち
選ばれたのではない。
追われる理由が、与えられただけだ。
夜は、音を奪っていく。
焚き火のはぜる音だけが、荒野に小さく残っていた。
楽園の街“セレス”を離れてから、半日。
アイラたちは街道を外れ、獣道のような山道を進んでいた。
「……追ってくると思う?」
イリスの問いに、ノエルは頷く。
「間違いなく。
白環位が見逃すはずがない」
《彼らは“延命”を失うのを、何より恐れている》
影が、低く笑う。
空気が、変わった。
背後の森が、かすかに軋む。
風の流れが、不自然に分断されている。
ノエルが手を上げた。
「……囲まれてる」
次の瞬間、闇の中から複数の人影が現れた。
紅環位――特務殲滅部隊。
その中心に立つ女が、淡々と告げる。
「刻印保持者を引き渡せ」
「抵抗は、処分対象とみなす」
アイラの背中が、熱を帯びる。
刻印が、わずかに光った。
《来る》
影が囁く。
紅環位の一人が、詠唱に入った。
「影よ、縛れ。
逃がすな――《シャドウ・チェイン》」
黒い鎖が、地を這う。
イリスが前に出る。
「光よ、境となれ。
我を守れ――《ルクス・シールド》」
半球の光が、鎖を弾く。
ノエルは剣を抜いた。
「来い」
夜が、裂ける。
光の結界が闇を弾き、衝突の余波が夜気を震わせた。
「散開、包囲を維持しろ」
紅環位の女が冷静に指示を出す。
彼らの動きには、感情がなかった。
まるで“正解だけを実行する機械”のように。
ノエルは前に出る。
「無よ、断て。
崩せ――《ノア・エッジ》」
刃が黒鎖を裂き、火花が散る。
「火よ、奔れ。
焼き払え――《フレイム・ボルト》!」
炎が闇を照らし、敵の陣形を崩す。
だが、すぐに別の紅環位が詠唱を重ねた。
「水よ、走れ。
打ち抜け――《アクア・ボルト》」
水弾が結界を削る。
《……数が多い》
影が、警告する。
紅環位の女が一歩踏み出す。
「あなた方は“導かれる者”だ」
「刻印を宿す者は、世界を繋ぐ鍵になる」
アイラの胸が、ざわつく。
「……導く? 誰が?」
「王族だ。
調律なき世界は、必ず滅ぶ」
《同じ言葉だ》
影が、嘲る。
《“彼ら”と同じ》
イリスが、静かに告げる。
「それは、支配よ」
紅環位の女は、一瞬だけ視線を伏せた。
「……違いは、ないのかもしれない」
次の瞬間、彼女は退却の合図を出した。
「引け。
標的は、必ず回収する」
闇が、森に溶けていく。
戦いは終わった。
だが、追撃は始まったばかりだった。
アイラは空を見上げる。
「……私たち、どこへ行くの?」
影が、静かに答える。
《“選ばれる”場所へ》
その言葉が、夜に溶けた。




