楽園の街
守られている場所ほど、
守られていないものが多い。
楽園とは、
選ばれた者のための檻だ。
街は、眩しいほどに整っていた。
白い石畳、磨かれた尖塔、風に揺れる緑の旗。
どこにも戦火の痕はなく、人々の顔には笑みがある。
それはまるで、崩壊も魔物も“存在しなかった”かのような光景だった。
「……すごい」
アイラが、思わず呟く。
《ねえ》
肩の影が、小さく笑う。
《ここ、“匂い”がない》
「匂い?」
《血も、汗も、後悔も。
全部、磨き落とされてる》
門番の蒼い外套には、王族の紋が刻まれていた。
蒼環位――正規軍魔導士。
「ようこそ、ネクサス第七区“セレス”へ。
身分証は?」
イリスが、落ち着いて応じる。
「巡礼の旅です」
門番は、三人を一瞥したのち、淡々と道を開けた。
街の中心には、白い聖堂がそびえ立つ。
鐘の音が、澄んだ空に溶けていく。
ノエルは、周囲を警戒するように歩いていた。
「……静かすぎる」
通りを進むにつれ、違和感が積み重なる。
貧民も、乞食も、傷ついた者もいない。
代わりに、同じ服、同じ歩調、同じ微笑み。
《“楽園”だよ》
影が、皮肉を込めて言った。
《選ばれた人だけが、選ばれたままでいられる場所》
広場で、演説が始まっていた。
高台に立つ白環位の魔導士が、声を張り上げる。
「我らは、王族の導きにより救われた!
恐れる必要はない。世界は、正しく調律されている!」
群衆は一斉に頷き、同じ拍手を返す。
その“揃いすぎた動き”に、アイラの背筋が冷えた。
「……ここ、変」
イリスが、小さく頷く。
その時、路地の奥から、押さえつけられる声が聞こえた。
「やめて……!」
蒼環位の兵が、一人の少年を取り囲んでいる。
腕を掴まれ、布を剥がされ――背に、淡い光が走った。
「刻印反応、微弱だが陽性」
群衆は、誰一人、止めようとしない。
まるで“正しい光景”を見ているかのように。
アイラの胸が、焼ける。
《……君だ》
影が、静かに言った。
《ここは、君の“未来”の模型》
ノエルが、歯を食いしばる。
イリスは、拳を強く握った。
“楽園”は、
確かに――檻だった。
少年は、兵に引きずられながらも必死に抵抗していた。
だが力の差は歴然で、蒼環位の魔導士たちは無言のまま、まるで“物”を運ぶかのように彼を連れて行こうとする。
「待って」
アイラの声が、広場に響いた。
群衆の視線が一斉に集まる。
だが、その目は冷たく、どこか空虚だった。
「その子は、何もしてない」
「刻印は……生まれつきのものだろ?」
白環位の魔導士が、ゆっくりと振り返る。
「刻印を持つ者は、調律される義務があります」
「それが、この街の“秩序”です」
《……同じ言葉だ》
影が、囁く。
《昔の“彼ら”と》
ノエルは一歩前に出た。
「秩序のためなら、子供を奪うのか?」
白環位は、わずかに眉をひそめる。
「世界を守るためです。
あなた方は、“選ばれていない”」
その瞬間、兵たちが詠唱に入った。
「光よ、境となれ。
我を守れ――《ルクス・シールド》」
半球状の光が広場を覆う。
逃げ道は、閉ざされた。
「……イリス」
「ええ」
彼女は深く息を吸う。
「光よ、ここに灯れ。
進む道を照らせ――《ルクス・スパーク》」
閃光が結界に走り、ひびが入る。
ノエルは、少年の前へ滑り込む。
「無よ、断て。
崩せ――《ノア・エッジ》」
無属性の刃が、光の檻を裂いた。
アイラは一歩、踏み出す。
胸の刻印が、熱を帯びる。
《抑えて》
影が、低く言う。
《まだ、“その時”じゃない》
彼女は頷き、闇を呼び寄せる。
「影よ、縛れ。
逃がすな――《シャドウ・チェイン》」
黒い鎖が兵を絡め取る。
だが白環位は、微動だにしない。
「……やはり、危険だ」
彼は静かに手を上げた。
周囲の魔力が、重く沈む。
「撤退だ。
刻印保持者は、必ず回収する」
蒼環位の兵たちは霧のように散り、広場には割れた結界と、泣き崩れる少年だけが残った。
群衆は、誰一人として近づかない。
“正しさ”が、彼らを縛っていた。
アイラは、少年の前に膝をつく。
「……大丈夫。もう、連れて行かせない」
だが影は、彼女の肩で静かに告げる。
《逃げ場は、もう少ない》
楽園は、
“戦場”へと変わり始めていた。




