イリス
信じることは、
何も疑わないことではない。
それでも手を伸ばすと、決めることだ。
焚き火の炎は静かに揺れていた。
崩壊都市を離れてからの夜は冷え、空気は澄みきっている。
だがイリスの胸は、温度を失っていた。
今日、世界は“削れた”。
それでも朝は来て、誰もそれを語らない。
彼女の中でだけ、あの無音が反響し続けていた。
アイラの魔法。
闇でも、光でもない。
選択そのもののような力。
怖くないと言えば嘘になる。
だが、怖いからこそ目を逸らしたくなかった。
恐怖は距離を生む。
けれど彼女は、距離の先にある“人”を見たいと願っていた。
少し離れた場所で、ノエルが立っている。
焚き火の向こう、剣を握った影だけが見える。
イリスは、意を決して声をかけた。
「……眠れない?」
彼は答えない。視線は、闇の奥へ。
「あなた、何かを隠している」
言い切りは、静かだった。
責めるためではない。
壊したくないから、確かめる。
ノエルは、しばらく沈黙した。
その沈黙こそが、答えだった。
イリスは焚き火に目を戻す。
「ねえ。世界は、誰かの嘘で守られていることがあるわ。
でも……その嘘が誰かを壊すなら、
それは“守る”って言える?」
ノエルは、初めて彼女を見た。
「……お前は、信じすぎる」
イリスは微笑んだ。
「ええ。
だから、疑うの。疑ったうえで、信じるの」
再び沈黙。
だがそれは、拒絶ではなかった。
焚き火の向こうで、アイラが小さく寝返りを打つ音がした。
イリスは目を閉じる。
――この手は、まだ伸ばせる。
どれほどの闇が待っていても。
たとえ、明日が裏切りの朝だとしても。
彼女は、静かに息を吸った。
「……私は、選ばれなかった人たちのために、選び続ける」
その言葉は、誰にも聞かれなかった。
だが確かに、夜の中に刻まれた。




