表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/50

失われた器・全編 ー削除された存在ー

失うとは、

何かを奪われることではない。


最初から、

持っていなかったことにされることだ。


選ばれなかった記憶は、

世界にとって――

存在しなかったのと同じになる。

 世界は、確かに続いていた。

 風も吹き、瓦礫も軋み、人々は息をしている。


 だが――

 何かだけが、戻ってこなかった。


 王族の理論。

 光の祈り。

 “管理”という概念。


 それらは消えたのではない。

 壊れたのでもない。


 ただ――

 世界の奥へ、押し込まれただけだった。


 アイラは、その場で立ち尽くしたまま、

 ゆっくりと視界が白くなるのを感じていた。


 音が遠ざかる。

 重力が曖昧になる。

 イリスの声が、輪郭を失っていく。


 そして次の瞬間――


 世界そのものが、

 “裏返った”。 


 白い空間は、音を持たなかった。


 風もなく、反響もなく、

 足音さえ「鳴る」という概念を忘れたように、

 すべてが静止している。


 上下も、遠近も、輪郭を失い、

 視界はどこまでも白く、

 境界線というものが最初から存在しなかったかのようだ。


 それなのに――

 アイラは、確かに「立っている」と感じていた。


 地面の感触はない。

 重力も曖昧だ。

 それでも、身体だけが“ここにある”と主張している。


 まるで、世界そのものが、

 彼女の存在を前提条件として置いているようだった。


 アイラは、無意識のうちに、

 自分の足元を見下ろそうとして――


 そこで初めて、

 “影がない”ことに気づいた。


 「……?」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


 違和感は小さい。

 だが、無視できない種類のものだった。


 いや――違う。


 影は、あった。


 ただ、それは彼女の足元ではなく、

 床でも、空間の奥でもなく、

 白そのものに、染み込むように存在している。


 輪郭を持たず、

 形を取らず、

 「どこにあるか」ではなく、

 「ここ全体がそうだ」と言うしかない存在。


 《……ここは、記録層だ》


 ルクの声は、低く、静かだった。


 以前のような囁きではない。

 導く声でも、警告する声でもない。


 何かを隠すための声ではなく、

 すでに“知ってしまった者”の声音。


 「……記録?」


 アイラがそう口にした瞬間、

 白い空間の奥で、何かが“ずれた”。


 音もなく、

 光の密度だけが変わる。


 世界が壊れたわけではない。

 ただ、貼り付けられていた膜が、

 ゆっくりと剥がれ落ちただけだった。


 景色が、剥がれる。


 光の膜が、薄皮のようにめくれ、

 その裏側に――

 無数の“断片”が浮かび上がった。


 誰かの声。

 誰かの選択。

 誰かの拒絶。


 映像とも、記憶とも言えない。

 だが確かに「誰かが存在していた痕跡」。


 それらはすべて、

 途中で切り取られたように、欠けている。


 文章の途中で終わった言葉。

 選択の途中で消えた感情。

 存在しようとして、失敗した思考。


 「……これ、何?」


 声にすると、

 自分の言葉なのに、やけに遠く聞こえた。


 《削除ログだ》


 ルクは、即答した。


 躊躇も、感情も、挟まない。


 《世界に適合しなかった思考。

  選択されなかった可能性。

  “器として不要だった記憶”の、残骸だ》


 その言葉が、

 ゆっくりと、胸の奥へ沈んでいく。


 すぐには、意味を結ばない。

 だが、身体のどこかが先に理解してしまう。


 「……不要?」


 喉が、ひどく乾いていた。


 《正確には、“危険”だ》


 白い空間に、

 一つの像が浮かび上がる。


 それは――

 幼いアイラ自身だった。


 今よりも、ずっと小さく、

 刻印もなく、

 まだ“何者でもない”頃の姿。


 彼女は、誰かに向かって、叫んでいる。


 必死で、

 拒絶するように、

 世界そのものを押し返すように。


 だが、声は聞こえない。

 この空間には、音という概念が存在しない。


 それでも、

 言葉の形だけは、はっきりと読み取れた。


 ――私は、行かない。

 ――その世界は、間違ってる。


 アイラの喉が、ひくりと鳴った。


 心臓の鼓動が、

 一拍、遅れる。


 「……それ、私?」


 《ああ》


 ルクは、否定しなかった。


 《お前は一度、“世界を拒否した”》


 《祠の座に導かれる前。

  刻印を刻まれる前。

  お前は、“選ばれること自体”を拒んだ》


 白い空間に、

 さらに映像が重なる。


 王族の記録装置。

 光の陣。

 幾何学的な紋様。

 そして――再起動。


 冷たい光に包まれた、

 もう一人の自分。


 目を閉じ、

 何も言わず、

 ただ“上書きされる存在”。


 「再起動……?」


 《記憶消去処理だ》


 淡々と。

 あまりにも、淡々と。


 《世界に適合できない存在は、

  そのままでは“器”になれない》


 《だから、記憶を削る》


 《拒否した理由も、

  疑問も、

  世界を否定した思考も――》


 《すべて削除して、

  “選ばれた存在”として再構成する》


 言葉が、

 理解になる前に、

 感覚として身体を打つ。


 胸の奥が、

 ゆっくりと空洞になる。


 アイラは、何も言えなかった。


 白い空間の中で、

 自分という存在の“設計図”を、

 初めて突きつけられた気がした。


 《つまり――》


 ルクの声が、静かに落ちる。


 《お前は最初から、選ばれた存在じゃない》


 《“選ばれない存在だったから”、

  記憶を削られて、器にされた》


 その一文が、

 世界の重力をひっくり返した。


 足元が崩れる感覚はない。

 だが、

 「自分」という前提条件だけが、音を立てて崩れた。


 「……じゃあ、私が見てきた全部は……」


 声が、ひどく小さかった。


 《再構成後の人生だ》


 《世界にとって都合のいい形に、

  整えられた“二周目”だ》


 沈黙。


 だがそれは、無音ではなかった。


 心臓の音だけが、

 やけに大きく響いている。


 生きている音。

 存在している証明。


 アイラは、ゆっくりと息を吸った。


 「……それでも」


 声が、震えた。


 「それでも私は、今、ここにいる」


 《ああ》


 ルクは、初めて、ほんのわずかに声色を変えた。


 《だからこそだ》


 《お前は、“器として失敗した唯一の存在”になった》


 白い空間が、わずかに歪む。


 《削除されたはずの拒絶が、

  まだお前の中で生きている》


 《それが、今のお前だ》


 《――失われた器》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ