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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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43/50

砕ける光

光は、

いつも正しいわけじゃない。


それでも――

照らさずにはいられなかった。

 空は、ひどく澄んでいた。


 雲ひとつない青が広がり、光は惜しみなく地上へ降り注いでいる。

 崩壊都市を離れた先、白い岩肌がむき出しになった丘の上で、イリスは足を止めた。


 風が吹き抜け、金色の髪とローブの裾を揺らす。

 その動きは穏やかで、どこまでも静かだった。


 ――あまりにも、平和だ。


 それが、ひどく残酷に思えた。


 同じ空の下で、

 同じ光を浴びながら、

 選ばれる者と、切り捨てられる者がいる。


 祠で聞いた言葉が、胸の奥で何度も反響する。


 「世界を続けさせる」。

 結界が砕けた瞬間、音は遅れてやってきた。


 白い破片が宙を舞い、

 それが朝の光に溶けて消えるまでの、わずかな時間。

 誰も、言葉を発しなかった。


 守られていたはずの空間が、剥き出しになる。

 肌を刺す冷たい空気。

 魔力の残滓が、霧のように肺へ入り込む。


 イリスは、膝をついた。


 地面の感触が、はっきりと伝わってくる。

 石の冷たさ。

 細かな砂が、掌に食い込む痛み。


 ――ああ、と。


 彼女は思った。


 これが、“守れなかった”という感覚なのだと。


 今まで、どれほどの祈りを捧げてきたとしても。

 どれほど光を信じ、磨いてきたとしても。

 世界は、必ずしもそれに応えてはくれない。


 光は、万能ではない。

 その現実が、今になって、重く胸に沈む。


 「終わりだ」


 王族の魔導士の声が、淡々と響いた。


 勝利宣言でも、嘲笑でもない。

 ただ、処理が完了したという報告。


 「あなたは、ここまでだ。

  役目は、十分に果たした」


 その言葉に、イリスは目を伏せた。


 役目。


 その一語が、胸の奥を締めつける。


 ――自分は、役割だったのか。


 誰かを守る存在。

 誰かを導く存在。

 だが、それは“世界の都合”に組み込まれた部品にすぎなかったのか。


 答えは出ない。

 だが、否定したい感情だけが、はっきりと残る。


 イリスは、ゆっくりと立ち上がった。


 足は震え、視界の端がわずかに揺れる。

 魔力は底を突き、身体は重い。


 それでも、彼女は立った。


 逃げなかった。

 俯かなかった。


 「……私は」


 声が、かすれる。


 だが、その声には、まだ熱があった。


 「私は、選ばれなかった人たちのために祈ってきた」


 それは、理想だ。

 現実を救えない祈りだと、誰かは言うだろう。


 それでも。


 「その祈りが、無意味だとは思わない」


 風が吹き抜ける。


 砕けた光の名残が、空気の中で微かに瞬いた。

 それは、消えきらなかった証のように、彼女の周囲を漂っている。


 王族の男が、初めて沈黙した。


 計算が合わない。

 合理性の外にある答えを、処理できない。


 「……理解できないな」


 絞り出すような声。


 「それで、何が守れる?」


 イリスは、少しだけ微笑んだ。


 疲れ切った、しかし穏やかな笑み。


 「分からないわ」


 正直な言葉だった。


 「それでも、私は手を伸ばす」


 守れるかどうかではない。

 勝てるかどうかでもない。


 ――“そうありたい”という、選択。


 その背を、アイラは見ていた。


 光が砕ける瞬間も。

 膝をつく姿も。

 それでも立ち上がる背中も。


 胸の奥で、何かが静かに軋む。


 自分には、同じ選択はできない。

 闇と影を抱え、世界を歪める力を持つ自分には。


 だが――


 「……だからこそ」


 小さく、呟く。


 イリスが守れなかった“その後”を、

 自分が引き受けなければならない。


 それが、

 自分に課された役割なのだと。


 ルクが、肩で静かに揺れた。


 《選択は、連鎖する》


 その声は、どこか柔らかい。


 《光が折れた場所に、

  闇が立つこともある》


 アイラは、ゆっくりと前へ出た。


 足元で、砂利が鳴る。


 その音は、

 次の戦いの始まりを告げる、確かな合図だった。


 砕けた光は、消えたわけではない。


 それは今、

 誰かの中で、形を変えようとしている。


 世界は、まだ終わらない。


 だが――

 もう、元には戻らない。

 そのための“選別”。

 そのために、救われない人がいる。


 イリスは、無意識に胸元へ手を当てた。

 祈るときの癖だ。

 だが今日は、唇が動かない。


 祈りの言葉が、どこにも見つからなかった。


 ――祈りは、いつから

 ――“見ないふり”になったのだろう。


 少し後ろで、アイラが歩いている。


 足取りは確かだが、どこか重い。

 瓦礫を踏む音が、他人のように遅れて聞こえる。


 あの戦いのあと、

 彼女はほとんど言葉を発していなかった。


 沈黙が、距離を作っている。

 物理的には近くにいるのに、

 心は、確実に遠ざかっている。


 イリスは、振り返らずに声をかけた。


 「……大丈夫?」


 風に紛れそうなほど、静かな問い。


 返事は、少し遅れて届いた。


 「うん。たぶん」


 その一言が、胸を刺す。


 “たぶん”。


 確信でも、否定でもない。

 揺れている証拠だ。


 イリスは思う。

 自分は、本当に彼女を支えられているのだろうか。

 それとも――

 自分が信じたい“正しさ”の形に、無理やり留めようとしているだけなのか。


 丘の下に、石造りの遺構が見えた。


 白い回廊の名残のような、古い構造物。

 王族の監視網をすり抜ける、数少ない通過点だ。


 だが、そこに――人影があった。


 白と紅の外套。

 胸元に刻まれた、環位の紋。


 イリスの喉が、わずかに鳴る。


 「……王族」


 空気が、目に見えない形で引き締まる。


 相手は三人。

 立ち姿から分かる、練度の高さ。

 精鋭と呼ぶには及ばないが、

 油断すれば、確実に命を取られる。


 ――それでも、十分すぎる。


 「刻印反応、確認」


 先頭の男が、淡々と告げる。


 感情の起伏はない。

 報告書を読むような口調だ。


 「対象は、ここを通過した。

  光の導き手が同行している」


 イリスの名は出ない。

 肩書きだけが、そこに置かれる。


 それが、彼らにとって

 “個人”ではなく“役割”しか見ていない証だった。


 イリスは、一歩前に出た。


 足元の石が、小さく音を立てる。


 「ここから先は、通さない」


 声は、震えていなかった。

 長年、祈りと共に歩いてきた者の声だ。


 だが、胸の奥では、何かが確かに軋んでいる。


 男は、眉ひとつ動かさずに言う。


 「あなたは、世界を守る側だ。

  我々と同じ立場のはずだ」


 その言葉に、イリスは息を詰めた。


 ――違う。


 そう言い切りたいのに、

 言葉が、喉の奥で絡まる。


 「祠は、選ぶ装置。

  私たちは、その“歯車”にすぎない」


 歯車。


 回り続けるために、

 削れても、壊れても、交換される部品。


 その言葉が、

 イリスの胸の奥で、鈍く響いた。


 「……それでも」


 イリスは、杖を握りしめる。

 指先に、力がこもる。


 「私は、誰も失わせない」


 その言葉は、誓いだった。


 光が、彼女の足元に集まり始める。

 柔らかく、あたたかく、

 それでいて、どこか危うい輝き。


 詠唱が、静かに紡がれる。


 「応えよ、天に満ちる白き息――」


 空気が震え、

 光が編まれ、

 結界の輪郭を形作っていく。


 その光は、美しかった。


 だからこそ――


 男は、小さくため息をついた。


 「……やはり、あなたは“理想”だ」


 次の瞬間、

 複数の詠唱が重なる。


 魔力が、正面から叩きつけられた。


 光が、砕けた。


 《ラディアント・セラフィム》の結界に、

 細い亀裂が走る。


 それは、初めてだった。


 イリスの瞳が、わずかに見開かれる。


 ――守れない?


 疑念が、生まれたその瞬間。


 光は、さらに脆くなった。

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