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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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最後の理解者

理解とは、

同意ではない。


それでも目を逸らさず、

相手の選択を

“自分の痛みとして引き受けること”だ。

 崩壊都市の外れ。

 地形が不自然に削れ、空気そのものが重く沈む場所。


 そこには、戦いの痕跡があった。


 焼け焦げた地面は、まだ微かに熱を残し、

 抉れた岩盤の断面は、乱暴に引き裂かれたまま晒されている。

 血の跡は乾ききらず、黒く鈍い光を帯びていた。


 アイラは、無意識のうちに足を止めていた。

 喉の奥が、ひくりと鳴る。

 息を吸うたび、鉄と焦げの匂いが肺に刺さった。


 「……ここで、戦った」


 言葉にした瞬間、現実になる。


 イリスは、ゆっくりと周囲を見渡す。

 地面に残る結界の歪み。

 散乱する魔力の残滓。

 そして、それらを正確に断ち切った痕跡。


 「……生きてるわね」


 それは願望ではなく、

 ほとんど確信だった。


 ルクが、肩で静かに息をする。


 《近い》


 その一言で、

 アイラの心臓が強く脈打った。


 鼓動が、耳の奥で響く。

 血の流れが、指先まで主張してくる。


 足音が聞こえた。


 瓦礫を踏む、規則正しい音。

 逃げる者の足取りではない。

 待つ者の、覚悟を決めた歩み。


 霧の向こうから、

 一人の男が姿を現す。


 ノエル。


 鎧は裂け、

 肩口から血が滲んでいる。

 それでも、背筋は伸び、

 剣は、微塵も下ろされていなかった。


 「……追ってきたか」


 声は静かだった。

 疲労も、痛みも、そこには出ていない。

 代わりにあるのは、選び終えた者の目だった。


 アイラは、一歩踏み出す。


 瓦礫が、かすかに音を立てる。


 「どうして……」


 言葉は、そこで止まった。

 問いの続きを、

 自分が聞きたくないと知ってしまったからだ。


 ノエルは、視線を逸らさない。


 「お前を、ここに近づけさせないためだ」


 その一言が、

 胸の奥に落ちる。


 重く、冷たく、

 そして逃げ場がない。


 「王族は、“刻印”を回収する。

  祠へ辿り着く前に、な」


 イリスが、息を呑む。


 「……だから、あなたは」


 「王族に“理解者”として近づいた」


 ノエルは、肯定も否定もしなかった。

 沈黙そのものが、答えだった。


 「俺が敵になる方が、被害は少ない」


 合理的で、冷静で、

 あまりにも正しい判断。


 だからこそ、

 アイラの胸は痛んだ。


 「……それで、あなたは救われるの?」


 ノエルは、初めて目を伏せた。

 血の滲む指先が、剣の柄を強く握る。


 「救われる必要はない」


 そう言ってから、

 小さく息を吐く。


 「――俺が壊れれば、いい」


 沈黙。


 風が吹き、

 瓦礫が低く鳴る。


 その音すら、

 場違いに感じるほど、

 三人の間の空気は張りつめていた。


 アイラは、ゆっくりと剣を抜いた。


 金属音が、短く、乾いて響く。

 その動作に、迷いはない。

 だが、震えは、どうしても隠せなかった。


 「……それでも、私は」


 視線を上げる。


 「あなたを、理解してしまった」


 ノエルの目が、わずかに見開かれる。


 「守るために、嘘を選んだ」


 「世界を続けるために、

  誰かを“敵”にした」


 アイラは、剣を構えたまま、言う。


 「……それが、あなたの選択なんだね」


 ノエルは、かすかに笑った。

 苦笑だった。


 「理解されたら、終わりだと思ってた」


 剣が、ぶつかる。


 金属音が、空気を震わせる。


 これは、

 説得でも、裁きでもない。


 理解してしまった者同士の、決着。


 剣がぶつかった瞬間、

 世界から音が消えたように感じられた。


 次の刹那、金属音が遅れて叩きつけられる。

 火花が散り、霧が押し流され、

 空気が波打つ。


 衝撃は短く、重い。

 感情が入り込む余地のない、純粋な衝突だった。


 ノエルの剣は、速い。

 迷いがなく、ためらいもない。

 振るわれる一撃一撃が、

 「ここで終わらせる」という意思だけを語っている。


 生き延びるためでも、

 勝利のためでもない。


 止めるための剣。


 アイラは一歩引き、

 次の瞬間には踏み込んだ。


 闇が、呼吸と同調する。

 影は騒がない。

 叫びも、誘導もない。

 ただ、彼女の動きに正確に重なっていた。


 刃と刃が、再び噛み合う。


 衝撃が腕を震わせ、

 骨の奥まで響く。

 握る指先が痺れ、

 感覚が一瞬だけ遠のく。


 ノエルは、言葉を発しない。

 視線だけで距離と軌道を測り続ける。


 ――迷いは、ない。


 だからこそ、

 アイラは理解してしまう。


 彼は、説得する気も、戻る気もない。

 ここで終わらせる覚悟で、立っている。


 詠唱は、ない。


 それでも、魔力は確かに流れていた。

 影が刃に絡みつき、

 空間が、わずかに歪む。


 ノエルの剣が、肩口を掠める。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 遅れて、熱が走る。


 赤が、衣を染める。


 痛みは鋭く、

 だが、それよりも

 「届いた」という事実の方が重かった。


 イリスが、息を呑む。

 だが、足は動かない。


 これは――

 割り込んではならない戦いだ。


 ノエルが、距離を詰める。


 低い体勢からの斬り上げ。

 空気を裂く音が、遅れて耳に届く。


 防ぐには、遅い。


 アイラは、踏み込んだ。


 影が、瞬間的に濃くなる。

 剣が、真正面から受け止める。


 金属が悲鳴を上げ、

 二人の間に、無音が落ちた。


 互いの息遣いが、近い。

 汗と血の匂いが混じる。


 ノエルの目が、わずかに揺れる。


 ほんの一瞬。

 だが、確かに。


 ――それでも、剣は下がらない。


 「……強くなったな」


 初めて落ちた言葉は、

 戦闘の中では、あまりにも静かだった。


 アイラは、答えない。


 代わりに、剣を振る。


 闇が、一本の線となって走る。

 空間が、引き裂かれるように歪む。


 ノエルは、それを紙一重でかわす。

 だが――


 足が、止まった。


 ほんのわずか。

 本当に、わずかに。


 その“間”を、

 アイラは見逃さなかった。


 影が、刃を押す。


 ノエルの剣が弾かれ、

 体勢が崩れる。


 次の瞬間、

 アイラの剣先が、彼の喉元で止まった。


 触れていない。

 だが、動けば終わる距離。


 風が吹き、

 霧が二人を包み込む。


 世界が、静止したようだった。


 ノエルは、剣を落とした。


 金属が地面に触れる音は、

 驚くほど静かだった。


 「……これで、いい」


 その声には、

 安堵が混じっていた。


 アイラの腕が、震える。


 殺せない。


 理解してしまったから。


 守ろうとした理由も、

 嘘を選んだ覚悟も。


 「……行って」


 ノエルは、目を閉じる。


 「俺は、ここまでだ」


 イリスが、唇を噛む。


 アイラは、ゆっくりと剣を下ろした。


 それが、彼女の答えだった。


 ノエルは、背を向ける。


 霧の奥へ、歩き出す。


 振り返らない。


 追わない。


 ここで、理解は終わった。


 残されたのは、

 静まり返った戦場と、

 まだ終わっていない世界だけだった。

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