ノエル
選ぶ者は、
いつも“選ばなかった理由”を背負っている。
眠れない夜は、音が多い。
焚き火の弾ける音、風が葉を擦る音、遠くで獣が鳴く声。
すべてが重なって、ノエルの胸の奥にまで染み込んでくる。
野営地から少し離れた岩に腰を下ろし、剣を膝に置く。
刃に映る炎は歪み、まるで別の誰かの顔を映しているようだった。
――また、同じだ。
崩壊都市で起きた“空白”。
あの瞬間、恐怖よりも先に理解が来た。
偶然でも衝動でもない。
最初から、そうなるように組み込まれていた力。
もし、あれが完全に解き放たれたら――
世界は、耐えられない。
ノエルは闇を見つめる。
風の奥で、かすかな“気配”が揺れた。
《彼女は、知らない》
どこからともなく、低い声が響く。
肩の影のものではない。
それよりもずっと古く、冷たい響き。
《刻印の意味も、祠の真実も。すべてだ》
ノエルは歯を食いしばる。
知っている。だからこそ、彼女の隣に立っている。
――だが、立ち続けられるのは“今”だけだ。
背後で、小さな足音。
振り向かなくても分かる。
「……まだ起きてたの?」
アイラの声。
ノエルは視線を刃から外さず、短く言う。
「寝ろ」
拒むためじゃない。
守るための距離だ。
だが、沈黙の向こうで、彼女が立ち止まった気配があった。
「……ごめん」
その一言が、胸を締めつけた。
違う、と言いたい。
謝る必要なんてない。
だが、言えない。
“選ばせている”のは自分だからだ。
《連れていくのか》
《それとも、ここで終わらせるのか》
声が、心を抉る。
ノエルは目を閉じ、答えを吐き出した。
「……連れていく。
だが、結末までは許さない」
アイラの足音が遠ざかる。
ノエルはようやく剣を拭き、立ち上がった。
脳裏に、禁書庫で読んだ一文が浮かぶ。
――“選ばれし者は、世界を救う鍵であり、同時に世界を終わらせる刃でもある。”
ならば、選ぶのは自分だ。
彼女が刃になる前に。
世界を壊す前に。
ノエルは、夜の奥を見据えた。
「……待っていろ。
“真実”の方へ、俺が先に辿り着く」
その決意が、
裏切りの“種”であることを、
彼自身だけが知っていた。




