表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/50

信じた者

信じることは、

守ることじゃない。


壊れると知っていて、

それでも、手を離さないことだ。

 祠を出たとき、夜の冷気が一気に肺へ流れ込んだ。

 崩壊都市の外縁。瓦礫はまだ熱を残し、崩れた建造物の影が長く地面に伸びている。風は乾いた粉塵を巻き上げ、どこかで鉄が軋む音がした。


 白い祠の輪郭は、すでに闇に溶けている。

 だが、その存在だけは胸の奥に刻まれたままだった。


 ――世界を、続けさせる。


 アイラは歩きながら何度もその言葉を反芻する。

 意味を理解するたび、胸の内側が少しずつ削れていく。見えない刃で心臓を撫でられているようだった。


 ルクが肩の上で小さく揺れる。


《……考えすぎだ》


 慰めではない。冷たい水を流し込むだけの声。


《選ばれるか、切り捨てられるか。

 それだけの話だ》


「……それだけ、じゃない」


 喉が乾いて言葉が続かない。

 反論したいのに、反論の形がまだない。


 少し前を歩くノエルの背中が、やけに遠く見えた。

 剣を背負い、歩幅を一定に保ち、振り返らない。守られてきたはずの背中が、今日は“別の場所”に立っているみたいだった。


 イリスは彼の横に並びながら、時折アイラを気にかけるように視線を送る。

 だが、その瞳の奥にも迷いが揺れている。

 同じ真実を見たはずなのに、受け止め方が少しずつずれていく――その事実が、胸を締めつけた。


 野営地に戻ると、焚き火は弱く沈んでいた。

 ノエルが薪を足し、イリスが結界を張る。いつもと同じ準備。いつもと同じ手順。

 それが、ひどく遠い。


 炎が立ち上がり、火花が闇へ散る。

 その音だけが、三人の間の時間を刻んでいた。


「……アイラ」


 先に口を開いたのは、イリスだった。

 声は小さく、夜の冷気に震えている。


「祠のこと……私は、まだ信じたい。

 あれが“悪”だとは、言い切れない」


 アイラは焚き火を見つめたまま、答えられなかった。

 信じたい。けれど信じきれない。

 その狭間で心が居場所を失っている。


 ノエルが炎を見つめたまま言う。低く、平らに。


「信じるかどうかじゃない。

 ――理解するかどうかだ」


 焚き火の光が彼の瞳に映る。

 その奥にあるのは決意か、諦めか。どちらともつかない暗さ。


「俺たちは知ってしまった。

 もう、戻れない」


 言葉が胸の奥へ沈む。

 アイラは膝を抱えた。冷たい風が頬を撫で、遠くで獣が鳴いた。


 イリスが、火の向こうで続ける。


「私たち、まだ変えられる。

 世界が“続く”なら――その在り方も、選び直せるはず」


 その言葉に一瞬だけ胸が温かくなる。

 だが、祠の声が思考を凍らせる。


 ――不要な歪み。


「……本当に?」


 問いはかすれた。


「誰かが外側に置き去りにされるなら……

 それでも、続ける意味はあるの?」


 イリスは言葉に詰まった。視線が炎へ落ちる。

 指先が無意識に衣を掴んだ。


「……それでも、終わらせるよりは……」


 その一言が、胸を締めつけた。


 ノエルが、二人の間に立つ。

 炎の熱と夜の冷気の境界に立つみたいに。


「終わらせるか、続けるか。

 それは俺たちが決めることじゃない」


 低く、迷いのない声。


「世界は、すでにそう作られてる。

 なら、俺たちは――その中で最善を選ぶしかない」


「最善って……何?」


 アイラの問いに、ノエルは一瞬だけ目を伏せた。

 まつ毛の影が頬に細く落ちる。


「……犠牲を最小にすることだ」


 刃のように冷たい言葉だった。


 イリスの肩が、かすかに揺れる。


「……それは、誰が決めるの?」


 ノエルは、躊躇なく答えた。


「――選べる者が」


 空気が張りつめる。

 焚き火の爆ぜる音が、やけに遠かった。


 アイラは立ち上がる。

 膝が震え、足元の石が小さく鳴った。

 それでも視線は逸らさない。


「……私は、選ばない」


 二人の視線が集まる。

 火の光が、三人の影を別々の方向へ引き伸ばした。


「誰かを切り捨てて世界を続けるなんて……

 それは、私が見てきた“人”の世界じゃない」


 沈黙。

 風が通り抜け、火花が闇へ散った。


 ノエルは、ゆっくりと背を向けた。

 その背中が闇へ溶けていく。


「……なら、いずれ分かる」


 声は怒りじゃない。

 断絶だった。


「“選ばない”って言葉が、

 何を守れて、何を守れないかを」


 足音が遠ざかる。


 イリスは動けなかった。

 アイラは、ただその背中を見つめていた。


 胸の奥で、何かが静かに崩れる。


 この夜。

 三人は同じ場所にいながら、違う未来へ踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ