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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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壊れた紋章

壊れたのは、

力ではない。


“信じていた形”だ。


それでも、

世界は回り続ける。

 朝は、いつもと同じように来た。


 薄い霧が野営地を包み、

 焚き火の残り火から、細い煙が立ち上っている。

 湿った草の匂いが、冷たい空気に溶けていた。

 遠くで鳥が鳴き、木々の葉が風に揺れる。


 ――だが、何かが違った。


 アイラは、胸の奥に残る“ざらつき”を抱えたまま、ゆっくりと目を開ける。

 夢の名残が、まだ皮膚の内側に貼りついているようだった。

 呼吸をするたび、わずかに胸が重い。


 《……起きたか》


 ルクの声は、いつもより低い。

 からかう調子も、軽さもなかった。


 「……ねえ」


 アイラは、地面に手をつきながら上体を起こす。

 朝の冷えが、掌からじんわりと伝わってくる。


 「私の刻印……今、どうなってるの?」


 その問いに、風が一瞬止まったように感じた。


 沈黙。


 ほんの短い時間。

 だが、その一瞬が、何よりも重い“答え”だった。


 アイラは、背中に手を回す。

 指先に伝わるのは、微かな“熱の揺らぎ”。

 まるで鼓動と噛み合っていない、不規則な脈。


 「……ズレてる」


 ルクが、短く告げる。


 《紋章は“共鳴”で保たれている。

  お前の内側が揺らげば、形も歪む》


 その言葉に、胸がきしんだ。


 イリスが近づいてくる。

 朝の光が、彼女の金髪を淡く照らした。

 だが、その目は、すぐに異変を捉える。


 「……光の層が、乱れてる。

  刻印が、自己修復を拒んでる……?」


 ノエルは、少し離れた場所で剣を握った。

 無言のまま、周囲を見渡し、気配を探る。

 その背中が、妙に遠く感じられた。


 アイラは、胸を押さえる。


 「私、何かを“引きずって”る」


 《当然だ》


 ルクの声が、静かに重なる。


 《お前は、名を聞いた。

  “歪み”の名を》


 ヴェイン。


 その音が、まだ胸の奥で軋んでいる。


 イリスは、ゆっくりと目を伏せた。


 「……このまま進めば、刻印は、いずれ“割れる”」


 その言葉が、静かに落ちた。


 壊れたのは、力ではない。

 “安全だと信じていた形”だった。


 沈黙が、霧のように場を包んだ。


 焚き火の残り火が、ぱち、と小さく弾ける。

 その音だけが、世界を現実につなぎ止めているようだった。

 朝の冷たい空気が、肌にまとわりつく。


 アイラは、背中から手を離し、指先を見つめる。

 微かに震えているのが、はっきりと分かった。

 恐怖は声にならず、胸の奥でだけ膨らんでいる。


 「……割れる、って」


 その言葉は、喉で止まり、空に溶けた。


 イリスは、しばらく目を伏せ、慎重に口を開いた。


 「刻印は“通路”よ。

  世界と、あなたの内側をつなぐ。

  でも今は、その通路が歪んでいる」


 彼女は、地面に小さな光陣を描く。

 淡い光が、鼓動のように脈打つ。


 「歪んだまま力を流せば、

  どこへ繋がるか……分からない」


 ノエルが、低く言う。


 「……暴走の兆し、か」


 アイラは、唇を噛む。

 喉の奥に、熱いものが込み上げた。


 《違う》


 ルクの声が、静かに割り込む。


 《これは“暴走”じゃない。

  “共鳴の選択”だ》


 アイラは、顔を上げた。


 「……選択?」


 《影と、心と、刻印。

  三つが、同じ“方向”を向こうとしている》


 風が、霧を押し流す。

 朝の光が、野営地を淡く照らした。


 イリスは、アイラの肩に手を置く。

 その温度が、かすかに伝わる。


 「なら……止める方法は?」


 ルクは、少しだけ間を置いた。


 《“拒む”か――“受け入れる”か》


 その二択が、静かに落ちる。


 アイラは、目を閉じる。

 夢で見た“影”と“王の残像”が、胸の奥で重なる。


 「……私は」


 言葉は、まだ出ない。

 だが、もう“戻れない”ことだけは、分かっていた。


 焚き火の煙が、空へと昇る。

 まるで、歯車の隙間へ吸い込まれるように。

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