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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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失われた街

滅びたのは、

建物じゃない。


そこに生きていた“意味”だ。


忘れられた場所には、

必ず“理由”が残っている。

 爆風の余韻が、まだ耳の奥で鳴っていた。


 白い煙が晴れきらない中、三人は瓦礫の陰に身を伏せていた。

 焦げた石と粉塵が空気に漂い、呼吸のたび喉を刺す。

 街路は抉れ、整っていた石畳は裂け、

 あの“清潔な都市”の面影は、もうどこにもない。


 アイラは、咳き込みながら顔を上げた。

 喉の奥が焼けつくように痛い。

 視界の端で、影がゆっくりと揺れる。


 「……生きてる?」


 イリスの声が、かすれて届く。

 ノエルは、答えの代わりに頷いた。


 周囲には、倒れた王族の私兵たち。

 だが、血はほとんど流れていない。

 彼らは“破壊”ではなく、無力化されていた。

 整えられた鎧が、瓦礫の上で無言のまま横たわっている。


 煙の向こうに、街の外縁が見える。

 そこは、城壁の外に広がる――

 本当の“失われた街”だった。


 崩れ落ちた建物。

 焼け焦げた門。

 草に埋もれた石碑。

 風が通り抜けるたび、瓦礫が微かに鳴いた。


 人の声はない。

 だが、空気だけが重く残っている。

 まるで、誰かの呼吸が、まだこの場所に留まっているかのように。


 イリスは、ゆっくりとその地を見渡した。

 胸に押し寄せるものを、言葉にできずに。


 「……ここは、復興の“外側”」


 ノエルが、低く言った。


 「記録から、消された場所だ」


 アイラの胸が、わずかに締めつけられる。

 祠が“選ばなかった”土地。

 王族が“管理しなかった”人々。


 《……ここには、まだ“残響”がある》


 ルクの声が、静かに響いた。


 アイラは、一歩踏み出す。

 瓦礫の向こうに、かすかな魔力の痕跡が見えた。


 それは、祈りの跡だった。


 「……誰かが、ここで待ってる」


 彼女の言葉に、二人は顔を上げた。


 失われた街は、

 まだ、終わっていなかった。


 祈りの痕跡は、瓦礫の奥へと続いていた。


 砕けた石柱の間を縫うように、淡い魔力の残光が、かすかに脈打っている。

 それは導く光ではなく、縋るために刻まれた痕だった。

 風が吹くたび、微かな光が揺れ、消えそうになる。


 アイラは、足を止める。

 瓦礫の影に、小さな祠があった。


 崩れかけた屋根、歪んだ柱。

 苔と埃に覆われながらも、

 中央には、まだ消えていない“灯”が残っている。


 その前に、ひとりの老女が膝をついていた。


 髪は白く、背は丸い。

 衣は擦り切れ、手は細かく震えている。

 だが、その目だけは澄みきっていた。


 「……来たのね」


 老女は、ゆっくりと顔を上げる。

 その声は、長い沈黙の底から掬い上げたようにかすれている。


 「“選ばれなかった者”たちの、最後の灯りを」


 イリスが、思わず息を呑む。


 「あなたは……?」


 老女は、微かに首を振る。


 「名は、もうない。

  記録から、消されたからね」


 その言葉に、静かな諦めが滲んでいた。


 「この街は、祠に“適合しなかった”。

  だから、救われなかった」


 ノエルが、奥歯を噛みしめる。


 「……切り捨てられた、ってことか」


 「ええ。

  でも――忘れられるのは、嫌だった」


 老女は、震える手で祈りの灯に触れる。

 指先に、かすかな温度が残っている。


 「だから、祈り続けた。

  誰かが、ここを“見つけてくれる”日まで」


 アイラの胸が、強く締めつけられる。

 息が、うまく吸えない。


 《……選別の“外”に置かれた、残り火》


 ルクの声が、低く響いた。


 アイラは、ゆっくりと跪いた。

 膝に、冷たい石の感触が伝わる。


 「……私は、あなたを忘れない」


 老女は、静かに頷いた。

 その瞬間、祈りの灯が、ふっと消える。


 同時に、遠くで――

 低く、重い“鳴動”が響いた。


 それは、世界のどこかで、

 また一つ、“歯車”が噛み合った音だった。

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