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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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追われる者

逃げているのではない。

“狙われている”と気づいた瞬間から、

世界はもう同じ顔をしなくなる。


背後にあるのは、敵意ではない。

必要とされた“処理”だ。


そしてそのとき、

人は初めて知る。


――自分が、

歯車の一部だったことを。

 森の空気が、重く沈んでいた。


 霧は薄く流れているのに、視界はどこか狭い。

 木々の間に差し込む光も、地面に届く前に削がれていく。

 湿った土と苔の匂いが、呼吸の奥にまとわりついた。


 アイラは、無意識に歩調を早めていた。

 理由は分からない。

 だが、背中に“視線”のような圧を感じる。


 風が、葉を揺らす。

 その音が、やけに大きく聞こえた。


 「……来てる」


 ノエルが、低く告げた。

 剣の柄にかかる指が、わずかに強くなる。


 言葉より先に、空気が変わった。

 遠くで枝が折れる音。

 重なり合う複数の足音が、森の奥で反響する。


 「数、増えてる」


 イリスが、唇を噛む。

 白い吐息が、霧に溶けた。


 背後の森が、波打つように揺れた。


 ――白環位。


 胸に刻まれた紋が、淡く光る影が現れる。

 その周囲を囲むように、紅環位、蒼環位の魔導士たち。

 動きに無駄がなく、視線は“対象”に固定されている。


 王族の私兵。

 “回収”のための部隊だ。


 「……対象を確保。

  周囲は、処理」


 冷たい声が、風に乗って届いた。

 感情はなく、命令だけがある。


 アイラの背中の刻印が、微かに熱を帯びる。

 皮膚の奥で、脈が跳ねた。


 《……来る》


 ルクの声が、胸の内で低く響く。


 次の瞬間、地面が抉れた。

 風圧が、木々を薙ぎ倒す。

 葉と土が舞い、視界が白く弾ける。


 「走って!」


 ノエルの叫びと同時に、

 三人は、森へと駆け出した。


 足音が、森を裂く。


 枝を踏み砕く乾いた音、荒い呼吸、

 そのすべてが、背後から迫ってくる。

 追う者の気配は、視線のように背中へ突き刺さっていた。


 ノエルが先頭を切り、岩陰へと進路を変える。

 湿った苔に足を滑らせながら、必死に速度を保った。


 イリスが、振り返りざまに掌を掲げる。

 胸が上下し、呼吸がわずかに乱れている。


 「――遅延を張る!」


 詠唱の最初の一節が、かすれた声で零れる。

 地面に淡い光が走り、追撃の足を絡め取った。


 だが、白環位は止まらない。

 紅環位が、術式を“上書き”する。


 「……回避角、三。

  迎撃、続行」


 無機質な声と同時に、空気が歪む。

 衝撃が走り、

 イリスの結界が、悲鳴のように軋んだ。


 「……くっ」


 アイラは、歯を食いしばる。

 背中の刻印が、じり、と焼けるように熱を帯びた。

 鼓動が、耳鳴りのように響く。


 《……“追われる理由”を、見ろ》


 ルクの声が、胸の奥で低く響く。


 振り返った一瞬、

 白環位の瞳が、彼女を“人”ではなく

 “対象”として捉えていることが、はっきりと分かった。


 選別。

 処理。

 管理。


 それは、憎しみですらなかった。

 ただの“作業”だ。


 「……私は、モノじゃない」


 掠れた呟きが、喉から零れる。


 その瞬間、

 空気がわずかに震えた。


 ノエルが、彼女の前に立つ。

 背中が、視界いっぱいに広がる。


 「……まだだ。

  ここで止まるわけにはいかない」


 剣が、淡く光を帯びる。

 イリスが、最後の結界を張る。


 そして――三人は、再び走り出した。


 追う者と、追われる者。

 その境界が、今、世界を裂いている。

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