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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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迷いの選択

選ばなかった道は、

消えるわけじゃない。


それは、影になって背後に立つ。


そしてある日、

“選び直せ”と囁く。

 夜は、やけに静かだった。


 焚き火の音だけが、規則正しく弾けている。

 炎は赤く、影は長く、三人の間に伸びていた。

 風はほとんどなく、煙はまっすぐ夜空へ溶けていく。


 戦いのあとの空気は、いつも薄い。

 胸の奥に、まだ熱が残っているのに、

 指先は冷え、言葉はどこか遠い。


 ノエルは、火を見つめたまま動かなかった。

 膝に置いた剣の刃に、揺れる炎が歪んで映り込む。

 その像が、別の誰かの顔のように見えて、視線を逸らせない。


 ――守るために、壊した。


 その言葉が、頭の奥で何度も反芻される。

 だが胸に残ったのは、安堵ではなく“疑問”だった。


 本当に、これでいいのか。


 遠くで、枝が折れる音がした。

 夜の森は、音を飲み込み、わずかにざわめく。


 「……ノエル?」


 アイラの声が、そっと届く。


 彼は一瞬だけ視線を上げ、

 すぐにまた炎へ戻した。


 「……眠れないだけだ」


 嘘ではない。

 だが、真実でもない。


 ノエルの脳裏に、かつて聞いた言葉が蘇る。


 ――“刻印を宿す者は、世界を救う鍵であり、

  同時に、世界を終わらせる刃でもある。”


 禁書庫で読んだ一文。

 王族の密談の断片。

 それらが、胸の内で、ゆっくりと一本の線を描き始めていた。


 もし、あの力が完全に解き放たれたら。

 世界は、耐えられない。


 ノエルは、闇を見つめる。

 風の奥で、かすかな“気配”が揺れた。


 《……迷っているな》


 それは、影ルクではない。

 もっと古く、冷たい響き。


 ノエルは、歯を食いしばる。

 唇の裏に、鉄の味が滲んだ。


 知っている。

 だからこそ、彼女の隣に立っている。


 ――だが、立ち続けられるのは“今”だけだ。


 背後で、小さな足音。


 振り向かなくても分かる。


 「……まだ起きてたの?」


 アイラの声。


 ノエルは、視線を刃から外さず、短く言う。


 「寝ろ」


 拒むためじゃない。

 守るための距離だ。


 だが、沈黙の向こうで、

 彼女が立ち止まった気配があった。


 「……ごめん」


 その一言が、胸を締めつける。


 違う、と言いたい。

 謝る必要なんてない。


 だが、言えない。

 “選ばせている”のは、自分だからだ。


 《連れていくのか》

 《それとも、ここで終わらせるのか》


 声が、心を抉る。


 ノエルは目を閉じ、

 答えを吐き出した。


 「……連れていく。だが、結末までは許さない」


 アイラの足音が、遠ざかる。

 焚き火が、ひときわ大きく爆ぜた。


 ノエルはようやく剣を拭き、立ち上がった。


 脳裏に、禁書庫で読んだ一文が浮かぶ。


 ――“選ばれし者は、世界を救う鍵であり、

  同時に世界を終わらせる刃でもある。”


 ならば、選ぶのは自分だ。


 彼女が刃になる前に。

 世界を壊す前に。


 ノエルは、夜の奥を見据えた。


 「……待っていろ。

 “真実”の方へ、俺が先に辿り着く」


 その決意が、

 裏切りの“種”であることを、

 彼自身だけが知っていた。


 朝は、何事もなかったかのように訪れた。


 霧は薄く、空は淡い灰色。

 夜の重さを知らないかのように、鳥が鳴き、

 湿った草の匂いが、冷たい空気に混じって漂っている。


 アイラは、いつも通り火を起こした。

 炎は小さく、慎ましく揺れている。

 イリスは水を汲み、

 ノエルは無言で周囲を見張っていた。


 それぞれの動きは、昨夜と変わらない。

 だが、視線だけが、どこか噛み合わない。

 ほんの僅かな“間”が、三人の間に横たわっていた。


 「……行こう」


 ノエルの声は、いつもより低い。

 それだけで、空気が引き締まった。


 誰も問い返さなかった。


 森を抜け、岩場を越え、

 道はやがて細くなっていく。

 踏みしめる足音が、やけに大きく響いた。


 その途中、崩れた祠の残骸が見えた。

 古い紋が刻まれ、

 かつて“選ばれなかった”者たちの名が、

 風雨に削られて残っている。


 イリスは、指でその紋をなぞる。

 冷たい石の感触が、指先に伝わった。


 「……忘れられた人たち」


 その声は、祈りにも、嘆きにも似ていた。


 アイラは、胸の奥が少し痛んだ。

 だが、足を止めることはなかった。


 ルクが、かすかに揺れる。


 《……歯車は、もう戻らない》


 その言葉に、アイラは何も答えない。

 風が、背後から吹き抜けた。


 誰も振り返らない。


 それでも、

 すべてが、少しずつずれていく。

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