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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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選ばれた理由

選ばれることは、

祝福ではない。


それは――

世界が、誰かを犠牲にして生き延びようとした痕だ。


拒むことさえ、

最初から計算されていた。


それでも、

あなたは問う。


「なぜ、私だったのか」と。

 祠を出てからの空は、どこか色を失っていた。


 昼だというのに、光は薄く、雲は低く垂れ込め、

 世界そのものが、まだ“白の向こう側”から戻りきっていないように見える。

 遠くの山並郭でさえ、淡く滲んでいた。


 アイラは、歩きながら足元に落ちる影を見つめていた。

 さきほど“名”を得たはずのそれは、以前と変わらない形をしている。

 だが、そこには確かな重みがあり、

 彼女の一歩一歩に、静かに寄り添っているようだった。


 「……ルク」


 小さく呼ぶと、影がわずかに揺れる。

 その些細な反応が、胸の奥に微かな温度を残す。


 ノエルが、振り返る。

 風に揺れる外套の裾が、かすかに音を立てた。


 「……後悔してるか?」


 問いは、責めるものではなく、確かめるようだった。


 アイラは、ゆっくりと首を振る。


 「わからない。でも……あのままにしておけなかった」


 イリスは、遠くの丘を見つめたまま、静かに言う。


 「選んだ、ってことだと思う」


 その言葉が、空気を震わせた。


 遠くから、鐘の音が届く。

 だが、それは祈りではない。

 人を集めるために打ち鳴らされる、規則正しい音だった。


 丘の向こう、白い旗が風に翻る。

 紋を掲げた人々が、整然と列をなし、

 祠を見上げ、膝をつき、

 “刻印を宿す者”の名を、祈りのように唱えている。


 「……教団?」


 ノエルの声が、低くなる。


 彼らの眼差しは、熱を帯びていた。

 だがその熱は、救いではなく、

 自分たちの生存を他者に預ける渇望だった。


 「……あれが、選ばれた理由の一部」


 ルクの声が、胸の内側で静かに響く。


 《祠は、“一致率”を測る》

 《血、拒絶、共鳴、誤差……

  すべてが重なったとき、刻印は現れる》


 アイラは、唇を噛む。


 「……私は、条件の集合体?」


 《そうだ。だが、道具ではない》


 遠くで、白環位の紋が、かすかに光った。


 王族と教団が、同じ方向を見ている。

 その事実が、冷たい刃のように胸に刺さった。


 丘の上に集う人々の声が、風に乗って届いていた。


 祈りの言葉は、誰かを救うためのものではない。

 それは、自分たちが“選ばれない側”であることを、忘れるための呪文だった。

 膝をつく背中が連なり、白い旗が、同じ方向へと揺れている。


 アイラは、その光景から目を逸らした。

 胸の奥に、ひりつくような違和感が広がる。


 「……私は、誰の願いも背負わない」


 言葉は、風に溶けた。

 だが、その意味だけは、はっきりと立っていた。


 ルクが、静かに応える。


 《それでも、彼らは縋る》


 ノエルは、唇を噛みしめ、拳を強く握った。


 「世界が、そう作られてる」


 その声は、怒りよりも疲労を帯びていた。


 列の奥から、一人の司祭が歩み出る。

 胸には、王族と同じ紋が刻まれていた。

 その光が、鈍く瞬いた。


 「刻印の御子よ。

  我らは、貴女を導く者」


 イリスは、即座に一歩前に出る。


 「導く?

  それは、支配の言い換えよ」


 司祭は、穏やかな微笑みを崩さない。


 「世界は、選ばれ続けなければならない」


 その瞬間、

 アイラの胸の中で、何かが静かに“折れた”。


 理由は、存在しない。

 あるのは、続けるための言葉だけ。


 「……私は、拒む」


 背中の刻印が、淡く輝く。

 熱が、皮膚の奥を伝う。


 ルクの声が、胸に響いた。


 《それでいい》


 アイラは、背を向ける。


 祈りの声が、遠ざかる。

 白い旗が、風の中で揺れる。


 選ばれた理由ではなく、

 選び返す理由を、胸に抱いて。

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