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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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失敗の記録

真実は、

語られないから危険なのではない。


語られることで、

世界を壊してしまうから、隠される。

 夜明け前の空は鉛色に沈み、雲の切れ間から滲む薄光が、湿った大気を鈍く照らしている。

 冷たい風が木々の隙間をすり抜け、枯葉を擦る音だけが、異様に大きく耳に残った。

 王族の狩りで焦げた地面の匂いが、まだ喉の奥にまとわりついている。


 アイラは、歩きながら背中の刻印が脈打つのを感じていた。

 熱でも痛みでもない。

 それは、胸の奥で何かが“目を覚まそうとしている”感覚だった。


 《……ここだ》


 肩に乗る“影”が、低く囁く。


 その声に導かれるように、三人は崩れた石壁の前で足を止めた。

 岩の隙間に走る黒い裂け目は、まるで大地そのものが口を開けているかのようだ。


 「遺跡の、奥……?」

 イリスの声は、思った以上に小さく震えた。


 ノエルは、周囲の闇を睨みつけながら頷く。


 「……あの記録板の続きかもしれない」


 裂け目の向こうは、ひどく冷えていた。

 空気が澱み、時間そのものが沈殿しているように重い。


 壁には、祠を模した紋。

 だが、その中央に刻まれた印は――歪んでいる。


 線は狂い、輪郭は崩れ、

 まるで“拒まれた記憶”が、形になって残っているかのようだった。


 「……拒絶の痕だ」

 影が、抑えた声で言った。


 アイラの胸が、ざわめいた。

 言葉にできない不安が、背骨を這い上がる。


 「拒絶……?」


 《“選び直し”に、失敗した器の記録》

 《それが……ヴェインだ》


 名を聞いた瞬間、

 胸の奥で、冷たい何かが目を覚ました。


 ノエルは、壁に刻まれた古い文字を指でなぞる。

 その動きは、まるで墓標を撫でるようだった。


 「“歪刻”。

  “異形化”。

  ……そして、“最初の拒絶”」


 イリスは、息を詰めて顔を上げる。


 「つまり……祠は、選ばれなかった者を、壊す?」


 沈黙。


 影が、静かに答える。


 《“壊す”のではない。

  “書き換える”んだ》


 空気が、さらに冷えた。

 どこかで石が軋み、

 まるで過去そのものが、今を見つめ返しているようだった。


 遺跡の奥で、空気が震えた。


 冷たい風でも、地鳴りでもない。

 それは、記憶そのものが動くときの軋みだった。


 歪んだ紋が、ゆっくりと光を帯びる。

 淡い赤が、脈打つように広がり、壁一面を染めていく。

 まるで、遺跡が“心臓”を取り戻したかのようだった。


 アイラの背の刻印が、強く呼応する。

 熱が走り、皮膚の奥が焼けるように疼く。

 視界が白く滲み、足元が遠のいた。


 《……見るか》


 影の声が、耳元で低く囁いた。

 拒む暇もなく、世界が“裏返る”。


 そこは、まだ崩壊していない都市だった。


 空は澄み、白い塔が連なり、石畳を人々が行き交う。

 市場のざわめき、鐘の音、子どもの笑い声。

 すべてが、薄い膜越しの幻のように揺らいでいた。


 「……ここは?」


 イリスの声は、遠くから聞こえる。


 《過去だ》

 《“最初の拒絶”の直前》


 都市の中央、白い神殿の前。

 若い男が、一人立っている。


 背中には、歪んだ刻印。

 だが、まだ異形ではない。

 希望と恐怖が、同時に宿った瞳。


 ――ヴェイン。


 彼の前に、ローブを纏った像が現れる。

 顔はなく、光だけが静かに揺らいでいた。


 《選ばれし者よ。こちらへ》


 ヴェインは、唇を噛みしめ、震える足で一歩踏み出す。


 「……世界を、救いたい」


 だが、次の瞬間。


 像の光が、拒絶へと変わった。


 《調律不全》

 《座に相応しくない》


 眩い光が、彼を貫く。

 悲鳴が、空気を引き裂き、都市の輪郭が歪む。


 映像は、そこで砕け散った。


 闇が戻り、遺跡の冷気が身体を包む。

 アイラは膝をつき、荒い息を吐いた。


 ノエルは、歯を食いしばる。


 「……王族は、これを知っていたんだ」


 影が、静かに告げる。


 《彼らは、“失敗”を封印し、

  “選び直し”を正当化した》


 イリスは、震える手で胸を押さえた。


 「……それでも、世界は続いた」


 影は答える。


 《延ばされただけだ》


 沈黙が、重く落ちる。


 やがて、アイラは立ち上がった。

 瞳に、迷いと決意が混じる。


 失敗は、終わっていない。

 ただ、形を変えて続いているだけだ。

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