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刻印戦記アウレア ~愛した貴女の最後の言葉を、私は信じている~  作者: 叶詩


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眠る魔王

眠りとは、

安らぎではない。


忘れられるための、

もう一つの“封印”だ。

 大地の底は、冷たかった。


 空気は湿り、岩肌から滲み出る水が、足元で静かに弾いている。

 ここには風も、鳥の声も届かない。

 あるのは、地の奥で何かが“呼吸している”気配だけだった。


 王族の密談から数刻。

 白環位の命を受け、蒼環位と紅環位を中心とする部隊が“封印地”へと辿り着いていた。


 地図から抹消された谷。

 かつて“世界が一度、死んだ場所”。


 周囲の岩壁は、長い年月をかけて崩れ、

 黒く焦げたような痕が幾層にも重なっている。

 まるで、過去の惨禍そのものが地層となって残っているかのようだった。


 谷の中央には、巨大な円環紋。

 その中心に、石の祭壇が沈み込んでいる。


 刻まれた紋が、淡く赤く光っていた。

 規則正しく、心臓の鼓動のように。


 「……ここが」


 紅環位の女が、低く息を吐いた。

 その声は、空洞に吸い込まれるように消える。


 「“最初の拒絶”」

 蒼環位が、抑えた声で言う。

 「歪刻の原点。魔王ヴェインの眠る地です」


 彼らの足元で、

 大地が、わずかに震えた。


 気のせいではない。

 確かに、何かが“動いた”。


 岩の奥から、かすかな低音が響く。

 音というより、振動。

 骨を伝って、内臓にまで染み込む感覚。


 《……呼ばれている》


 誰のものとも知れぬ声が、空間に滲む。

 耳ではなく、心に直接触れてくるような囁き。


 紅環位の女は、口元を歪めた。


 「感じる?」

 「まだ……生きてる」


 彼女は、封印陣の縁に指先を置いた。


 その瞬間――


 円環紋が強く輝き、

 地の奥から、重く長い“息”が漏れ出す。


 まるで、世界そのものが、眠る巨獣を恐れているかのように。


 光が収まると、谷は再び暗闇に包まれた。

 だが、先ほどまでの静寂とは違う。


 空気が、怯えている。


 蒼環位は、額に浮かんだ冷や汗を拭った。

 魔力の流れが、地の底へと吸い込まれていくのがわかる。


 「……封印は、まだ保たれている」


 そう口にしながら、彼自身がその言葉を信じていない。


 紅環位の女は、なおも祭壇を見つめていた。


 「眠っているのよ。

  でも……夢を見ている」


 その声は、確信に満ちていた。


 蒼環位が問う。


 「夢、ですか」


 彼女は、ゆっくりと頷く。


 「この地の歪みは、残滓じゃない。

  あの者の“意識”が、まだここに触れている」


 足元の円環紋が、かすかに明滅する。


 蒼環位は、記録を思い出していた。

 禁書庫の奥、白紙にされた断章。

 “最初の拒絶”という文字だけが残された頁。


 「……王族は、彼を“失敗”と呼んでいる」


 紅環位は、嘲るように笑った。


 「都合のいい言葉ね。

  “選ばれなかった世界”の象徴なのに」


 蒼環位は、視線を伏せる。


 「彼は……かつて、刻印の器だった。

  祠に導かれ、影に呼ばれ、

  だが――調律が、合わなかった」


 紅環位は、小さく息を吐いた。


 「だから、拒絶された。

  歪刻となり、

  “二度と座に辿り着けない存在”へと、書き換えられた」


 その言葉と同時に、

 大地が、再び震えた。


 円環紋の奥、

 闇の中で“何か”が、うねる。


 《……まだ、終わらない》


 今度は、はっきりとした声だった。

 谷の奥、地の底から。


 蒼環位は、息を呑む。


 「……聞こえた、のか?」


 紅環位は、目を細めた。


 「ええ。

  あれは……王族に向けられた“怨嗟”」


 封印陣の表面に、黒い亀裂が走る。

 だが、それはすぐに、光に押さえ込まれた。


 「なぜ……まだ、力を失わない」


 蒼環位の問いに、紅環位は答えた。


 「王族が、彼を“恐れ続けている”からよ」


 彼女は、淡々と言う。


 「恐怖は、祈りよりも強い。

  彼らがヴェインを“魔王”として語り続ける限り、

  あれは――忘れられない」


 沈黙。


 やがて、紅環位は背を向けた。


 「目覚めるのは、まだ先。

  でも……歯車は、もう動き出している」


 蒼環位は、最後に一度だけ、封印を振り返った。


 円環紋は、静かに脈打っている。

 まるで――世界そのものの鼓動のように。


 魔王は、眠っている。

 だが、その夢は、すでに世界を侵していた。

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