盾と鉾
守ることは、
生き残ることとは違う。
誰かのために立つとき、
人は初めて“壊れる覚悟”を知る。
夜明け前の森は、霧に包まれていた。
湿った空気が肌にまとわりつき、呼吸を重くする。
焚き火の跡を消し、三人は再び歩き始めた。
だが、背後の“気配”は消えない。
「……来てる」
ノエルが低く言う。
視線は、霧の奥を射抜いていた。
《距離、詰めてる》
影が囁く。
《紅環位じゃない。白環位直属……速い》
イリスが息を整える。
「……逃げ切れないわね」
次の瞬間、木々の間から白い光が走った。
「光よ、満ちて奔れ。
闇を退け――《レディアント・ウェーブ》」
衝撃が霧を裂き、足元の地面が抉れる。
白環位の先遣――上位魔導士。
ノエルが前に出る。
「行け。二人は、先に」
「ノエル!」
アイラが振り向く。
「俺が盾になる。
お前は……鉾だ」
その言葉の意味を、考える暇はなかった。
追撃の光が、再び走る。
ノエルは剣を構え、踏み込んだ。
「無よ、断て。
崩せ――《ノア・エッジ》」
境界を裂く一線が、光と衝突する。
だが、力の差は明白だった。
白い衝撃が、ノエルの身体を弾き飛ばす。
「……ぐっ」
木に叩きつけられ、息が詰まる。
《……まだだ》
影が、低く言う。
上位魔導士が、詠唱に入った。
空気が、重く沈む。
――これは、逃げ場のない戦いだ。
白い魔導士の詠唱が、霧の奥で膨れ上がっていく。
空気が、きしむ。森そのものが拒絶するかのように。
ノエルは、歯を食いしばって立ち上がった。
身体は悲鳴を上げている。骨の奥まで痺れが残る。
それでも、剣を離さなかった。
――俺が、止める。
背後に、二人がいる。
それだけで、立つ理由は十分だった。
「まだだ……!」
白い閃光が放たれる。
避ければ、後ろの二人が巻き込まれる。
ノエルは、迷わず前に出た。
「無よ、境となれ……!」
剣を地に突き立て、魔力を叩き込む。
だが、光は刃を飲み込み、身体を貫いた。
「ノエル!!」
アイラの叫びが、霧を裂く。
ノエルは膝をつく。
視界が滲む。世界が遠のく。
――それでも、退かない。
《……ここまでか》
影の声が、低く響く。
だが次の瞬間、別の“温度”が、胸の奥で揺れた。
《違う。終わらせるな》
アイラが、ノエルの前に立った。
「……私が、行く」
影が、彼女の肩で震える。
黒い粒子が、風のように集まった。
「影よ、応えなさい」
彼女は、初めて“意志”で名を呼ぶ。
「集え、
境界に棄てられし影よ――」
空が、歪んだ。
森の色が、裏返る。
白い魔導士が目を見開く。
「……その詠唱は……!」
「我が声に応え、
我が血に宿り、
世界の狭間へと還れ……」
影は、渦となって彼女の掌に凝縮する。
「凝縮せよ。
重なれ。
崩れよ」
ノエルは、最後の力で顔を上げた。
――鉾だ。
「いま、
終焉はここに集う――
《シャドウ・バースト》!!」
黒い奔流が、白い光と正面から激突した。
衝突点で、空間が震え、森の木々が根こそぎ揺れる。
光と闇が押し合い、せめぎ合う。
やがて――
白は砕け、影だけが残った。
霧が晴れた時、
白い魔導士の姿は、もうなかった。
アイラは、力尽きて膝をつく。
影が、そっと肩に戻る。
ノエルは、微かに笑った。
「……悪くない、鉾だ」
「……盾が、無茶すぎるだけ」
イリスが二人に駆け寄り、治癒の光を重ねた。
だが、誰も気づいていなかった。
遠くの空で、
“歯車”が、また一つ噛み合ったことを。




