傷を抱く人々
誰も守らなかった場所ほど、
深く、長く、傷を残す。
正義に見捨てられた者たちは、
それでも生きている。
村は、霧の中に沈んでいた。
崩れた柵、折れた風車、焼け焦げた家屋。
人の気配はあるのに、声がない。
まるで“息を殺して生きている”場所だった。
「……ここ、まだ人がいる」
イリスが小さく言う。
足元の土には、新しい足跡が残っていた。
《魔物の匂いが濃い》
影が、低く囁く。
《でも……人の“恐怖”のほうが、もっと濃い》
ノエルは剣を構え、家屋の影へ視線を走らせた。
「伏兵がいる。
……魔物だけじゃない」
その時、屋根の上から黒い影が跳んだ。
歪んだ牙、溶けたような皮膚――異形の魔物。
「影よ、穿て。
闇に従え――《シャドウ・スパイク》!」
アイラの闇が、魔物の肩を貫く。
だが、悲鳴を上げることなく、さらに二体が地面を這う。
「水よ、走れ。
打ち抜け――《アクア・ボルト》!」
イリスの水弾が、魔物の足を砕いた。
だが――
その直後、家屋の隙間から、弓矢が飛んだ。
ノエルが身を翻して弾く。
「……人だ」
瓦礫の影から、痩せた男が現れた。
その背後には、怯えた村人たち。
「来るな!」
「魔物を連れてきたのは、お前たちだ!」
《……守られなかった者たち》
影が、静かに言う。
イリスは、武器を下ろした。
「違う。私たちは――」
その言葉を、轟音が遮った。
村の奥から、地鳴りが響く。
霧の向こうで、巨大な影が、ゆっくりと立ち上がった。
魔物に“巣”を奪われた村は、
今や――戦場だった。
霧の奥から現れた魔物は、獣とも岩ともつかぬ巨体だった。
背に生えた結晶が淡く光り、足を踏み出すたび、地面が軋む。
「……あれが、巣の主か」
ノエルの声に、村人たちが身をすくめる。
「倒せなければ、村は終わりだ」
男の言葉は震えていたが、目は逃げていなかった。
ここで生きるしかない人間の、覚悟だった。
《彼らは戦う》
影が、静かに言う。
《守られなかったからこそ》
アイラは一歩、前に出る。
「……一緒にやろう。
私たちが、前を切り開く」
男は、ゆっくり頷いた。
「合図で、罠を落とす」
瓦礫の下に仕掛けられた落とし穴、
屋根から吊るされた鉄杭、
火油を染み込ませた布。
魔物が中央へ踏み込んだ瞬間――
「今だ!」
罠が一斉に落ち、魔物の脚を拘束する。
「火よ、集いて爆ぜよ。
灰と化せ――《フレイム・バースト》!」
爆炎が結晶を覆う。
だが、魔物はまだ立ち上がろうとした。
「影よ、縛れ。
逃がすな――《シャドウ・チェイン》!」
黒い鎖が、巨体を地へ引きずり倒す。
イリスは、両手を掲げた。
「光よ、満ちて奔れ。
闇を退け――《レディアント・ウェーブ》!」
衝撃波が、結晶を砕く。
最後に、ノエルが踏み込む。
「無よ、断て。
崩せ――《ノア・エッジ》!」
刃が核を貫き、魔物は霧の中で崩れ落ちた。
静寂。
村人たちは、しばらく動けなかった。
そして一人が、膝をつく。
「……ありがとう」
その声に、次々と人が集まる。
だが、誰一人、泣かなかった。
涙は、もう使い果たしていた。
アイラは、影に問いかける。
「……私たち、正しいのかな」
《正しさじゃない》
影は、優しく答えた。
《“選んだ”だけだ》
霧が、少しだけ晴れた。
傷を抱いた村は、
それでも、まだ生きていた。




