【空の書】
この物語は、完璧に終わった神話の裏側を描く。
『王翼の歴史書』を読んでいると、より深く楽しめる。
ただし、寓話として単独でも完結している。
【空の書】
天空王の神話は、歓喜の声と共に静かに完結した。
人の手により、記録によって。
誰も疑わぬ完璧として再生された。
人々は、天空王を必要としていた。
しかしその必要に意味はなく、意義だけがあった。
天空王復活の祭礼は、驚くほど静かに始まる。
雷鳴も、天を裂く光もない。
ただ一つの雲のない空の下で、神殿の鐘が定刻通りに鳴る。
人々はそれを吉兆と受け取り、喜んだ。
その裏、世界のどこかの村では、嵐が起きていた。
人々は蘇った天空王に祈った。
そこに偶然、一人の旅人が通りかかる。
村人は言った。
――天空王が来た、と。
旅人は否定した。
――私は天空王ではない、と。
しかし村人は耳を貸さなかった。
仕方なく、旅人は祈りの言葉を唱えた。
記録通りではない、うろ覚えのままの祝詞を。
祝詞に応えるように、風が吹いた。
しかしその風は、誰がどう願おうと、偶然の風にすぎなかった。
そして村人は言う。
――天空王が嵐を鎮めた、と。
旅人は改めて否定する。
――私は、天空王ではない、と。
その日から、完璧な神話の裏側で、あやふやな神話が産声を上げた。
その話を聞きに来た神官に、うろ覚えの神話を語る羊飼いは語る。
――でも、天空王の話とは違うだろう、と。
星を眺めて星座を描くその目には、意義を求める深さはなかった。
天空王の物語は、終わった。
――いや、今もなお、一部の隙もなく語られている。
天空王は分裂したのか。
――違う。天空王は復活し、その姿を現しているだろう。
では……天空王ではない天空王は、誰なのか。
答えは簡単、旅人だ。
天空王も旅をする。それだけの話だ。
そして更新され続ける天空王の神話の裏で、あやふやな神話は形を持った。
意味なく上がった産声を知るのは、神々だけ。
――「ああ、殺してしまったのか」と。
巻物の端に微かに残る筆跡。
風に揺れる鈴のリズム。
石に刻まれた僅かな凹み。
かつて天空王と呼ばれ、今も天空王と呼ばれている神話の余白。
それは誰も選ばず、誰も気に留めない。
必要ではないのだから。
意義が無いのだから。
定義して更新してしまった神話は、既に記録となっていた。
これは天空王だと楔を打つほど、天空王から曖昧さは失われる。
神話は記録として、より強固に更新され続ける。
神話を記録する者こそ、自己矛盾に気付けない。
世界の余白は、広くなる。
世界にとって、何も変わらないまま。
その余白に何かを求めるのは、人の心だけなのだ。
完璧に定義された神話の背後には、余白がある。
世界にとって意味はないが、
人の心には残る。
『天空王の槍』から始まった物語は、
ここで静かに円環を描く。




