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魔剣蒐集録  作者: 健康な人
2章:神と伝承の寓話
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【空の書】

この物語は、完璧に終わった神話の裏側を描く。


『王翼の歴史書』を読んでいると、より深く楽しめる。

ただし、寓話として単独でも完結している。

【空の書】


 天空王の神話は、歓喜の声と共に静かに完結した。

 人の手により、記録によって。

 誰も疑わぬ完璧として再生された。

 人々は、天空王を必要としていた。

 しかしその必要に意味はなく、意義だけがあった。


 天空王復活の祭礼は、驚くほど静かに始まる。

 雷鳴も、天を裂く光もない。

 ただ一つの雲のない空の下で、神殿の鐘が定刻通りに鳴る。

 人々はそれを吉兆と受け取り、喜んだ。


 その裏、世界のどこかの村では、嵐が起きていた。

 人々は蘇った天空王に祈った。

 そこに偶然、一人の旅人が通りかかる。


 村人は言った。

 ――天空王が来た、と。


 旅人は否定した。

 ――私は天空王ではない、と。


 しかし村人は耳を貸さなかった。

 仕方なく、旅人は祈りの言葉を唱えた。

 記録通りではない、うろ覚えのままの祝詞を。


 祝詞に応えるように、風が吹いた。

 しかしその風は、誰がどう願おうと、偶然の風にすぎなかった。


 そして村人は言う。

 ――天空王が嵐を鎮めた、と。


 旅人は改めて否定する。

 ――私は、天空王ではない、と。


 その日から、完璧な神話の裏側で、あやふやな神話が産声を上げた。

 その話を聞きに来た神官に、うろ覚えの神話を語る羊飼いは語る。

 ――でも、天空王の話とは違うだろう、と。

 星を眺めて星座を描くその目には、意義を求める深さはなかった。



 天空王の物語は、終わった。

 ――いや、今もなお、一部の隙もなく語られている。


 天空王は分裂したのか。

 ――違う。天空王は復活し、その姿を現しているだろう。


 では……天空王ではない天空王は、誰なのか。

 答えは簡単、旅人だ。

 天空王も旅をする。それだけの話だ。


 そして更新され続ける天空王の神話の裏で、あやふやな神話は形を持った。

 意味なく上がった産声を知るのは、神々だけ。

 ――「ああ、殺してしまったのか」と。




 巻物の端に微かに残る筆跡。

 風に揺れる鈴のリズム。

 石に刻まれた僅かな凹み。


 かつて天空王と呼ばれ、今も天空王と呼ばれている神話の余白。

 それは誰も選ばず、誰も気に留めない。

 必要ではないのだから。

 意義が無いのだから。


 定義して更新してしまった神話は、既に記録となっていた。

 これは天空王だと楔を打つほど、天空王から曖昧さは失われる。

 神話は記録として、より強固に更新され続ける。

 神話を記録する者こそ、自己矛盾に気付けない。



 世界の余白は、広くなる。

 世界にとって、何も変わらないまま。

 その余白に何かを求めるのは、人の心だけなのだ。




完璧に定義された神話の背後には、余白がある。


世界にとって意味はないが、

人の心には残る。


『天空王の槍』から始まった物語は、

ここで静かに円環を描く。

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