28歳のアラサーなわたし。安月給を馬鹿にされたけど、幸せになるので問題ないです。
テキトーなので、細かいところは指摘しないでください(^_^;)
「それでなんだが、報酬はどれくらい用意すればいいかね?」
「そうですね、諸々込みで月に20万ほどいただければ十分です」
「そんな少なくて大丈夫なのか? いくら短期で入社してもらうにしてもその額じゃアルバイト並みにしかならないぞ?」
「問題ないです。社長には大変お世話になりましたし、感謝の意味も込めましてこれくらいで十分ですよ」
わたしの名前は篠塚智歌、28歳。独身のアラサー女子ってやつだ。今の仕事は、いわゆるフリーターみたいなことをしているが生活には困っていないので好きなようにしている。
過去に主だってやってきたのは得意なIT分野だったけど、飲食店での経験も面白かったし、工場で働くのも見聞を広めるには良かったと思う。今はイベント会場周りの雑用のバイトをしている最中。
先日、古くからの知り合いで制御系のシステム構築やソフトウェアの開発を生業としている会社を経営している槇代さんから会社の運営について相談があった。
「長く勤めてくれていたエンジニアが数名退職してしまったのだ。今残っている従業員はまだ若くて、痒いところまで手が届かない、要するにスキル不足なエンジニアばかりなのだよ……」
「それは大変ですね。エンジニア一人育てるのも一朝一夕ではできませんから。ベテランさんたちの退職ってなにか理由でも?」
「給料の折り合いがつかなかったやつもいれば、働き方自体昨今の風潮に合わなくなってきたっていう理由のやつもいたな」
物価高騰に給料が追いついていないのはどこも一緒だし、槇代社長のところの仕事はリモートワークよりも現場主義って感じになるのでこればかりは仕方ないかもしれない。
「それで、経営のほうがかなりきついと?」
「そうなのだよ。仕事は探せばいくらでもあるのだが肝心のエンジニアの力不足が足を引っ張ってしまって」
「ではわたしが、その穴埋めと若い子らの教育をすればいいって感じですかね?」
「お願いできるかね」
「任せてください」
槇代さんには昔からよく世話になっていた。彼はわたしの父親の高校時代の同級生で大親友と憚りなく言えるほどの人物だという。
わたしの父も若かりし頃槇代さんと同じく事業を起こしたが、槇代さんとは違ってその事業は失敗してしまいかなりの借金を背負い、その結果我が家は極貧生活を余儀なくされていた。
そんな折に手を差し伸べてくれたのが槇代さんだったのだ。お金も無利子で貸してくれたし、小さいわたしを食事に連れて行ってくれたり、家では買ってもらえなかったぬいぐるみなどもたくさんもらえたりした。
槇代さんも結婚しているがお子さんには恵まれなかったみたいで、わたしのことを実の娘のようにかわいがってくれていたのだ。
そういう手助けもあり、親父は見事復活し今では実家の農業を継いで法人化までして上手くやっている。それもこれもみんな槇代さんのおかげなので我が家は槇代さんに足を向けて寝られない。
そんな槇代さんが困ったと言っているのだから全力で協力するのは当たり前。報酬だって実際は無くても構わないけど、そのせいで気を使わせるのも申し訳ないからね。
イベント会社のバイトは短期採用だったので期間が終わった翌日から槇代さんの会社に入社した。計画では1年から2年ほどで傾いた経営を軌道に戻す感じなのだけど、こればかりは実際にやってみないとわからない。
「こんにちは、篠塚智歌です。今日から皆さんの仲間であり若い人のマネージメントもしますのでよろしくお願いします。フリーでいろいろやっていましたので大体の言語は大まかにはわかっていますので何でも聞いて下さい」
主にはRubyやPythonを使うことが時流ってことで多いけど、当然JavaとかC言語なども教えてやることは可能だ。元々わたしは半分フリーエンジニアみたいなかたちでITに関わってきたから基礎も応用も実践的なのだ。
だけどゲームだけは作ったことがないのでそれだけは教えてと言われても難しいかな。ああいうのってセンスだと思うのだけど、わたしにはゲーム系のセンスは無いみたいだから。
槇代さんの会社の社員数は15名ほど。各自のスキルはおいおい追っかけていくことにしてまずは打ち解けないとね。ま、これが一番むずかしい。飲みに誘うのが簡単そうだけど、今どきアルハラだのパワハラだのと簡単に言われてしまいがち。
だから自己紹介でいろいろな趣味のこと——時間に余裕があるのでインドアアウトドアなんでも好きに遊んでいる——とかたくさん話してどれかにでも引っかかってくれたら御の字だろうくらいがいいかもしれない。
とはいえ、見た感じみんないい子そうなので大丈夫だと思う。槇代さんが選んだ社員なのだから間違い。何気にわたしが女だからって馬鹿にするような子が誰もないのはポイント高いよね。
入社から3ヶ月が経ち、受注も教育の方も怖いくらいに順調。
やはり今いる若い社員たちはいい子たちで、熱心だし頭もいい。教えたことはすぐに吸収するし、応用も自分自身で考えて上手にできている。辞めていった人たちを悪く言うつもりはないが先輩の教え方が悪かったのだろう。
ある日久しぶりの丸一日の休日に溜まった家事を一生懸命片付けていたら電話がかかってきた。最近ではホント勝手気ままに過ごしていたので連絡を取り合う友人もめっきり減ったので珍しいことだ。
電話をかけてきたのは高校の時からの親友の江洲シズカ。ニックネームは江洲からSを連想してシズカのシを足してみんなS氏なんて呼んでいた。わたしも未だにS氏って呼んでいる。
「よっ、久しぶり~」
「S氏が電話してくるなんて明日は雪かしら?」
「夏に雪は降らねーよ。つっか、智ちゃんも元気そうだね」
「うん、今やりがいのある仕事に取り組んでいるからね。気力十分だよ」
槇代さんの仕事に就く以前は月一くらいではS氏と遊び歩いていた。ま、ほとんど呑みだったけど。最近は仕事に忙しくてすっかりご無沙汰になってしまったが。
「今日は飲みの誘いじゃなくて、同窓会のお知らせだよー」
「同窓会?」
「ま、同窓会っていうよりクラス会だけどな。3年の時の同級生が集まるんだ。智ちゃんも来るでしょ?」
「そうだね。久しぶりだしみんなに会いたいよ」
「おっ、S氏久しぶり! いや、思いの外老け……オトナの魅力、ぐえ」
「おいこら、今老けたって言おうとしたよな? 神崎だってすっかりおっさんの入口に立っているだろうが」
S氏が元同級生の神崎くんのお腹にパンチしている。
かつての同級生がまるで今でも同クラな仲間のように会話している。卒業から10年が過ぎているのだからみんないい大人なのに話していることはあの頃と大して変わらない。
「おー、篠塚さんも久しぶり! おまえも……いや、おまえは若いな。え? 俺と同い年かよ」
「んー好きなことやってストレスもないからまだ老けこんでないんだよ」
「いいなー俺なんかストレスだらけで毛の抜ける量が増えてマジで危機なんだけど」
「道理で頭皮が……」
なんて馬鹿話をあの頃に戻ったように喋れるのは同級生ならではだよね。
「こんばんは! 楽しそうだね」
「おう、めっちゃ盛り上がっているぞ。って、ごめん。誰だ?」
目を引くようなイケメンに声を掛けられたけど、わたしもこの人が誰なのかわからない。こんな子、クラスにいたっけ?
「ひどいな。忘れたの? 吉沢。吉沢正巳だよ」
「え? 委員長なの。ぜんぜん別人じゃないか。整形でもしたんじゃないの!?」
「篠塚さんひどすぎじゃないか。俺だと気付かないのは100歩譲って許してあげるけど、整形なんかしていないし」
高校時代の委員長は小太りで真っ黒でぼさぼさな髪型を毎日していて、やたら分厚い眼鏡を掛けている地味で真面目な堅物男としか思っていなかったので今目の前にいるスマートな男性と一致しないんだよね。
「確かに眼だけは不便だったからレーシック受けたけど、ほかは何も本当にしていないからね? メンズエステも行ってないからね。ちょっとダイエットしただけだよ」
「そんなに強調しなくても信じるって。それより、話し方とか雰囲気が丸くなった気がするのは間違えかしら?」
「さすがにこの歳になって高校時代の真面目ちゃんは引きずっていないよ。もういい大人なんだし、世間ってものもわかってきたからな」
「なるほど」
大学行って社会に出て酸いも甘いも噛み分けたら、ただ真面目で皆に優しくしているだけじゃ損するばかりって思ったらしい。堅物っぽさが消えた今のほうが話しやすいし見た目も好感持てるからいいんじゃないかってわたしも思うよ。
「そういえばさ、篠塚さんって何の仕事しているんだ? ちな俺は住宅の営業。かなり業績が厳しいから俺から一軒買ってくれ」
「神崎くんってなんか営業っぽいね。でも家は要らないなぁ。わたしの仕事だけど今はシステムエンジニアしているよ。知り合いの会社で——」
「そそ、この子。SEなのはいいけど、そこんちで手取り16万くらいで仕事してるんよ? かなり重労働なのにな。まったくお人好しっていうか」
S氏には大体の経緯を教えていたので、横から話に入ってきた。もう酔っているようで、すっかりご陽気さんである。隠すつもりもないのでバラされるのはいいけど、言い方ってもんもあるでしょ?
そんな話をしていると横から高慢な口調で話に割って入ってくる女の声がした。
「へ~え~、篠塚さんってそんなバカみたいな薄給で仕事しているの? そんなので生活できるなんてある意味すごいわよね!」
「だから、それは……」
「いいって、いいって、言い訳なんかしなくたって。いい歳してそんな給料しか貰えないなんてスキルも器量も足りないってだけでしょ。そうだ神崎くん、あたしがお家買ってあげようか?」
なんとも嫌味ったらしい感じでわたしたちの会話に口を挟んできたのは、昔から鼻持ちならなかった金田さんという人。見てくれはいいけど、口先と要領だけで生きているようなわたしの苦手なタイプの女でもある。
「えっ、マジ金田さんが買ってくれるの?」
「あーそうだった、ごめんなさーい。ついこの間ちょっとした車を買ったばかりだからまた今度ね。では失礼、おほほほほ」
金田さんはわたしばかりでなく神崎くんのことまで小馬鹿にしたあと、クソムカつく笑い声を上げながら向こうに行ってしまった。
S氏によると確かに金田さんは最近ドイツの高級車を手に入れたらしい。そこかしこで自慢しているらしく、今も向こうでわたしの低収入と自分の羽振りの良さを比較して自慢しているようだった。
「彼女、相変わらずね。随分お金持ちな様子だけど何の仕事をしているの?」
「カネちゃんは元ホステスだよ。今は仕事してなくてパトロンのおじさんにお金貰って暮らしているらしいよ」
「あいつすげーな。ある意味、な」
わたしの質問にミヨちゃんっていう金田さんと比較的仲の良かった子が教えてくれた。家が売れるとちょっとだけ期待したらしい神崎くんもいまや呆れている様子。
「智ちゃんがアルバイトしてた頃だったらもっと馬鹿にしていたんだろうなぁ」
S氏がしみじみ呟くと後ろから吉沢くんが慌てたように話しかけてくる。
「え? 篠塚さんってアルバイトして生活していたの?」
「いや、生活していたっていうか社会勉強的な?」
振り返ると彼はとても真剣な表情でわたしのことを見つめていた。
「ねぇ篠塚さん。連絡先交換しようよ」
「え、あ、うん……」
なんかすごい勢いだったので思わず全部教えてしまった。イケメンになった吉沢くんにあんなにまっすぐに連絡先聞かれたらドキドキしちゃうじゃないの。
その後は金田さんとも絡むことがなかったので、楽しく同窓会を過ごせたのだけど、たまに吉沢くんが心配そうな眼差しをわたしに向けてくるのは気になったな。
『今度の土曜日、空いているかな?』
同窓会から2週間ほど過ぎたときに吉沢くんから唐突にメッセージが入った。
土曜日が空いているかいないかと聞かれれば、空いているのだけどあれから初めてのメッセージがこれなので若干困惑する。
「でもまあ、こういう言葉足らずなところもあの頃の吉沢くんって感じだけどね。『暇なので空いています』っと」
本当は最近密かにハマっている釣りに行こうかと思っていたけど、そんなの日曜日でもいいし、なんなら行かなくても支障は何にもない。どうも女性で釣りをしているのは珍しいらしく、釣り場のおじさんたちが優しいんだよね。
待ち合わせ等々を決めてあとは土曜日を待つだけになった。
待ち合わせは映画館やレジャー系の複合施設もあるような場所に程近い駅のコンコースにあるオブジェの前。周りにはわたしと同じような待ち合わせの人がたくさんいる。
男性と待ち合わせして、デートのようなものをするのは久しぶりのことなので少し緊張していた。しかも、あんなにもイケメンになった吉沢くんから誘われたんだよ? 緊張するに決まっているよね。
「あ、ごめんね。待たせちゃったかな? ちょっとロッカーを探すのに手間取っちゃって」
「ううん、大丈夫。大して待っていないよ。今日は誘ってくれてありがとう」
「俺のほうこそ忙しいって言っていたのに時間作ってくれてありがとう」
「平日はそれなりだけど、土日はしっかり休んでいるよ。それよりお昼だし、ご飯食べながら話をしようよ」
ロッカーを探していたってなにか午前中に大きな買い物でもしていたのかな。
彼はメッセージアプリで聞いていた通り老舗デパートの裏手にあるカフェにわたしをエスコートしてくれた。
あまり重たいものを食べて午後の予定に支障がでてはよくないと思って、ドリアやパスタなど軽く腹を満たせるほうがいいと思っていたのでちょうどいい。
「ここの店、コーヒーが絶品だから食後には絶対に飲んでほしい」
「そうなんだ。吉沢くんはよくこういうお店来るの?」
「よくって程は来ないかな。なにぶん仕事先は郊外が多いんでね。篠塚さんはこういうところ来たりする?」
「うーん、だいたい昼は会社の仕出し弁当だし、土日は近所の定食屋に行くのが多いかな。そこの定食屋さんはほんと美味しいんだよ」
女子が定食屋で休日に一人飯っていうのも絵面がよくないかもだけど、アラサーにもなるとそういうのがどうでも良くなってくるんだよね。
それでもたまに美味しいもの巡りなどすることもあるが、しょっちゅう遠出してまでご飯を食べに行くのは一人きりだとしんどいんだ。S氏はそういうの付き合ってくれないし。
「自炊とかはしないの?」
「しないこともないけど、1人分でしょ? 大変じゃん。S氏とかが遊びに来ればご馳走しないこともないけど」
料理することは嫌いじゃないし、実家にいた頃は親に食べてもらったりして作りがいがあったけど、一人暮らしだとどうしてもね。面倒が先に来るんだよなぁ。
ゆっくりと食事を楽しんだあとは近くにある美術館などを巡った。記憶によれば吉沢くんはこういうきれいなものとかが好きだったと思うんだよね。
ただなんで急に吉沢くんがわたしのことを誘ってくれたのは日も暮れてきた今になってもまったくわからない。三十路手前の女が「どうして今日は誘ってくれたの?」なんて聞いてみても可愛げないのくらいは自覚しているから聞かないけど。
いい歳して一人きりじゃ寂しそうって思って気を使ってくれたとしても、それは同い年の吉沢くんも一緒だろうし。
どのみち今日はものすごく楽しかったから問題はないし気にしてもしょうがないのかな。
「今日はありがとう。あまり行ったことないような場所に連れて行ってくれて楽しかった」
「こちらこそありがとう、俺も楽しかったよ。もっと時間があればもう少し話ができたけど、また会ってくれたら嬉しいな」
「うん、またわたしも吉沢くんと遊びたいな。また連絡するね」
「うん。あっ、ちょっと待って」
そう言うと彼はわたしを件のロッカーのところへと連れて行く。吉沢くんがそのロッカーから出してきたのはキャリーケース。旅行にでも行った帰りでお土産でもあるんだろうか。
「これ、俺が運営しているECサイトの商品が入っているんだけど、サンプルをいっぱい持ってきたんだ。取り扱っている地方の農家さんの野菜とかも幾つか持ってきたし、あの、食事の足しにでもなればと思って……。余計なお世話かもしれないけど、心配で……」
「心配? えっと、わたしの食生活が外食ばかりってことかな」
「えっと……ほんと余計なこととは思うんだけど、ほら、篠塚さんって収入が少ないって言っていたし、定職についてまだ間もないから大変かな、なんて勝手に思って……」
「あっあぁ、なるほど。ありがとう、心配掛けてごめんね。実際ほんとに大丈夫なんだけど、吉沢くんっていい人だね。あれだけ聞いてわたしのこと心配してくれて行動までしてくれるんだもの」
吉沢くん、あの時のまま面倒見がよくて優しい人のままで本当に嬉しく思う。とりあえず少し時間を貰ってこちらの事情を説明したら納得してくれたので良かった。
槇代さんの会社の運営はだいぶ軌道修正できてきた。従業員のスキルもこの1年でだいぶ向上したし、社長の取ってくる仕事も難なくこなせるようになってきたのでわたしも一安心だ。
「ありがとうな、智歌ちゃん」
「いえいえ。それもこれも槇代さんと従業員のみんなの頑張りがあったからですよ。わたしなんかちょっと背中を押したに過ぎません」
「しかし、安月給かつ20代も最後なのに私の援助ばかりで申し訳なくてな」
「とんでもないですよ。その安月給のお陰でいいこともありましたので」
「いいこと?」
「お伝えしてなかったですが彼氏ができたのです。もう1年くらい付き合っているのですが今度その彼と結婚します」
「え? ほんとにかい?」
「ええ、身内だけで式は挙げるつもりなのですが、槇代さんももちろんご招待させていただきますね」
そうなのだ。実はあの勘違いが縁で吉沢くんとお付き合いするようになって、つい先日プロポーズもしてもらえたのだ。20代のうちに結婚したいって思っていたのでそっちもギリギリ叶ってしまったよ。
「おめでとう智ちゃん」
「ありがとう、S氏」
槇代さんの方も落ち着いたので、久しぶりにS氏とサシで呑んでいる。
「いやぁそれにしてもあの吉沢と智ちゃんがくっつくとは思ってもみなかった」
「そう? わたし的にはアリだと思うんだけど?」
吉沢くんによく聞いてみると、実は高校の時からわたしに気があったそうだ。高校卒業でその淡い思いは潰えたと思っていたらしいのだけど、同窓会でわたしのことを心配に思う気持ちからその恋心が再燃したとか。
わたしの方も不器用だけど優しかった吉沢くんのことは昔から悪く思っていなかったし、イケメンに変身した彼にはドキドキしてばかりだったので嬉しかったんだよね。
「それにしても、智ちゃんの給料が16万って話にはオチがあるのに誰も聞く前に智ちゃんの収入がそれだけだって決めつけていたよね」
「そうだね。まぁ、正巳くんもそれを勘違いしたことで結婚までできたんだから災いを転じて福となすってところじゃない?」
実は、槇代さんの会社からの給与収入は確かに手取り16万だったけれど、わたしには他にも収入源があったの。
お金に苦労した家庭に育ったせいか金銭感覚は他人よりしっかりしていて、大学卒業後に就職した会社での給料はほとんど投資に回していたし、運用にも相当力を入れていたので今では資産にだいぶ余裕があったのだ。
一時期は暗号資産とかにもハマっていてだいぶ儲けさせてもらった。だから、実際のところ仕事なんてしなくてもけっこう悠々自適に生活していけたんだよね。
ただ仕事もしないで遊んでいるのは性分的に嫌だったので、アルバイトしながら社会勉強をしていたとこに槇代さんの会社にわけあって就職したって感じ。
「持っていたマンションも売ったんでしょ?」
「あれね。ただ持っていても煩わしいだけだったから結構早くに処分しちゃったよ。含み益がエグかったから余計だけどさ」
「ふーん。そういや智ちゃんの作った資産運用アプリすごいね。投資額に対してリターンが大きいし確実すぎだよ」
「でしょ? 一般公開するとメンテとか面倒事が増えるからやりたくないけど私用で使うには十分なのよね」
ゲームづくりは苦手だけど、アプリの制作自体は趣味でやっている。S氏のいう投資のアプリもその中の一つ。AIを使って資金をアクティブ運用するようにプログラムしてあるのだ。メンテがやや手間なのでわたしとS氏分しか稼働していないけどね。
Web系にも興味あって今度吉沢くんの通販サイトを弄らせて貰う予定。集客バンバンにして売上もぐんぐん上げてあげるつもりなんだ。旦那様のためなら頑張っちゃうもんね。
「そうそう、この前ばったり街でミヨちゃんと会ってさ」
「うん」
「金田のやつパトロンに捨てられたらしいよ」
「それはまた」
「ジジイの奥さんに金田を囲っているのがバレたらしくってさ、援助は切られるし奥さんから慰謝料の請求もとんでもないらしいよ」
「うわぁ、それは悲惨。で、当の本人さんは?」
生きていけないから仕事を探しているらしいが、金田さんってホステス界隈では悪い方の意味で有名人らしく何処も雇ってくれないみたい。一般的な会社も無職が長いし、無駄なプライドも未だ高いみたいだから難航しているという。
「細かい顛末もミヨちゃんに聞いたけど、あんたはこれから幸せになるんだからこんな話は聞かないほうがいいよ。人の不幸話に引っ張られてもよくないだろうし」
「話しだしたのはS氏だけどね。でも、ありがと」
少なくても腕の届く範囲にしかわたしだって助けなんて出すつもりはない。金田さんは可哀想だけど、因果応報というか自業自得って感じなのでご自身で頑張れるようちょっとだけ祈ってあげるだけにする。
「智ちゃんが羨ましな。金も男も手に入れて、幸せ確定じゃん」
「ま、苦労もいっぱいしたからね。ご褒美だよ。S氏にもいい男いたら紹介するね。正巳くんの知り合いに独身イケメンがいるらしいから」
「おお、我がこころの友よ~」
「では、われわれの明るい未来にカンパーイ」
今日何度目かの乾杯をして楽しい夜になった。酔いつぶれても愛しのダーリンが迎えに来てくれるっていうから無問題なんだよねー。
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