最終話 魔王討伐
あの日から一年。かつて「怠け者の吹き溜まり」と呼ばれた100の村々は、今や世界最強の私兵軍団へと変貌を遂げていました。
カイザーがたった一人で魔王城の正門に辿り着いた時、その背後から地響きのような足音が迫ってきた。
「カイザーさん! 待ってください、俺たちも来ました!」
振り返ると、そこにはかつてカイザーが罵倒し、叩き伏せたはずの冒険者たちが集結していた。その数、およそ5000人。一年間の地獄のような特訓を生き抜いた彼らの放つオーラは、もはや一国の近衛騎士団を凌駕していた。
「……何故ここに? 鍛練をあれから怠らなかったか?」
カイザーが鼻で笑うと、最前列の男が感極まった様子で膝をついた。
「はい! あの日の御言葉を胸に、寝る間も惜しんで剣を振るいました。ついに……ついに全員レベルカンスト、究極剣技も習得しました! カイザーさんの背中を追って、ここまで走ってきたんです!」
「ふん、勝手にしろ。ついてきたければ好きにろ、俺はこれから魔王を討伐する」
「おおおっ! ありがとうございます!!」
爆走する最強集団
魔王城の内部へ進むと、冒険者たちの熱狂は最高潮に達しました。
「カイザーさんに遅れをとるな! 先回りして道を切り開くんだ!」
「カイザーさんの手を煩わせるな! 雑魚は俺たちが一瞬で塵にする!」
彼らはカイザーを抜かさんばかりの勢いで突撃していく。中には、あまりの興奮にカイザーの周りで「見てください、この素振りのキレ!」とばかりに、遊び半分で剣を振るう者まで現れ。
カイザーは一言。
「……その技のキレ、中々筋がいい。存分にその力を発揮してくれ」
その言葉に、冒険者たちの背筋に電流が走りました。
(今の声……『お前たちの全力を魔王にぶつけろ』という激励か!)
(遊びは終わりだ、本気を見せろということですね、カイザーさん!)
「ハッ! 行くぞ野郎ども! 魔王討伐の日だ!!」
怒涛の勢いで突き進む5000人の最強集団。カイザーは結局、一度も剣を抜くことなく、一番最後を優雅に歩いているだけで玉座の間まで辿り着いてしまった。
魔王すら圧倒する『格』
玉座の間に辿り着いた時、そこは凄惨な……いえ、あまりに一方的な光景が広がっていました。魔王軍の幹部たちは全滅。魔王は、5000人の最強冒険者たちに囲まれ、冷や汗を流しています。
カイザーは悠々と最前列へ進み出ました。冒険者たちが一斉に道を空け、大歓声が沸き起こっていた。
「怪我をした奴はいないか?」
カイザーが確認すると、誰もが五体満足で胸を張りました。
「怪我などありません! カイザーさんの威圧感で、敵が怯んでいましたから!」
「やりましたねカイザーさん! あなたの導きのおかげで、ついに魔王を追い詰めました!」
手柄はすべてカイザーのもの。彼はゆっくりと、震える魔王を見下ろしました。
「……おい、角の生えたデカブツ。お前がここの主か?」
カイザーはただ、いつも通り「ゴミを見るような目」で相手を見ただけでした。しかし、魔王の目には違って映りました。
目の前の男は、一歩も動かず、一太刀も振るわず、5000人もの化け物じみた人間を従えている。その圧倒的な自信、底知れない威圧感。
(……馬鹿な。この男、私にトドメを刺す価値すらないと思っているのか……!?)
魔王は、カイザーの放つ『格』の差に完全に戦意を喪失し、その場に平伏しました。
「……見事だ、勇者カイザー。貴殿のような怪物を前に、抗う術など持たぬ……」
「俺の名前は勇者カイザーだ。お前を討伐しに来たが、やめだ。お前は戦う意思すらない。二度と悪いことはするなよ!これからは仲良くすりゃあいいじゃねーか」
その言葉に、5000人の冒険者たちが歓声をあげた。
こうして、カイザーは指一本触れることなく魔王を心服させ、伝説の救世主として歴史に名を刻むことになったのです。
カイザーは跪く魔王を見下ろし、背後の猛者たちに視線を投げた。
その不敵な笑みは、勝利を確信していた者だけが許される傲慢なものだ。
咳払い。
「……お前ら、良くやった。これはお前らがやった成果だ。鍛練を怠らず頑張ったからこそなし得たものだ。良くやったな」
たった一言。だが、その言葉を受けた5000人の冒険者たちは、雷に打たれたような衝撃を受けていた。
彼らは知っている。自分たちがどれだけ剣を振るおうと、この男の放つ圧倒的な『格』には一歩も及ばなかったことを。
「違う……。カイザーさん、俺たちがやったんじゃない。あなたがいたから、魔王は戦う前に敗北を認めたんだ」
「そうだ。俺たちが必死に削った命を、あなたはただ立っているだけで支配した。魔王を倒したのは、紛れもなくあなただ!」
「あんたが村にこなけりゃ、俺たちは今頃、大きな町の適当なクエストやって笑ったたと思う、だが今は違う。魔王城へ来られたんだ!」
彼らの瞳には、もはや崇拝の念しかなかった。カイザーが何を言おうと、この5000人の最強たちは「カイザーこそが真の討伐者である」と、魂に刻み込んでしまったのだ。
カイザーは追撃の手を緩めない。重厚なマントを翻し、逆光の差す出口へと歩き出す。
「フン、用は済んだ。こんな埃っぽい城に長居するつもりはねぇ。……あばよ」
その瞬間。カイザーは魔王城の床の下へおともなくサッと転落した。
「あれ? カイザーさんは?」
「カイザーさんは先に村に帰ったんだろ。転移スキルってやつだな。あばよって言ってただろ。村にもどって祝杯だ!」
その背中はどこまでも孤独で、そして誰よりも高く、遠かった。
追いかけることすら許されない圧倒的な王者の風格。冒険者たちは、ただその背が光の中に消えていくのを、震えながら見送るしかなかった。
この日を境に、勇者カイザーの姿を見た者は一人もいない。
彼は富を求めず、名声を捨て、伝説だけを置いて去った。
◇◇◇◇
後に、再建された城の中央広場には、一体の巨大な銅像が建てられた。
剣を抜かず、ただ傲然と前を見据える男の姿。
その迫力は誰もがこいつはすごいとしか思えない堂々とした風格だった。
その足元には、かつての教え子たちが刻んだ言葉が残されている。
「この男の視界に、弱者は必要ない。ゆえに、我らはここに、鍛練を怠らず日々努力することを誓う」




