ep5.飯のお礼
カイザーは店主から筆と塗料を要求しました。彼は最高の料理と酒を振る舞ってくれた店主に恩を返す絶好の機会だと考えていました。
「いいだろう。俺様が、この店の看板を『勇者様の御墨付』の看板にしてやる。ちょっと待ってろ!」
カイザーは、筆と塗料を受け取るやいなや、そのまま店の戸を勢いよく開けて外に飛び出しました。
店を出たカイザーは、通りにいる一人に、不良が絡むような感じで小声で腕を肩にかけ堂々と話しかけました。
「おい、お前たち! このアードン村に、絵が上手い奴はいねぇか!? 名のある絵師じゃなくてもいい! ちょっとした看板でも描ける、筆の腕が確かな奴はいねぇか! 勇者様が仕事を依頼してやろうってんだ!」
人々は勇者の突然の尋問に驚きながらも、一斉に同じ方向を指差しました。
「あ、あの……! もし、変わり者でよろしければ、一人、心当たりがあります!」
「村外れの森の近くに、ドットというものが居ます。絵を描くのは凄く上手いと評判ですが、少々(しょうしょう)気難しい方でして……」
「変わり者だぁ? 気にすんな! 腕さえ良ければ、勇者様は気前よく金を出してやるぞ! ドットって奴だな! サンキュー!」
カイザーは、早速、村外れの森の手前にある、粗末な小屋を見つけ出しました。
小屋の前にいたのは、絵具にまみれ、まだ十歳そこそこに見える小さな少年でした。
「おう、俺様は勇者のカイザーだ! お前がドットだな? 腕のいい絵師だって聞いてな、ちと仕事を頼みに来てやった。これに、俺の剣の、もっとナイスな感じの絵と、店の名前を、この木板に描いてくれ!」
少年ドットは、大柄な勇者の突然の訪問に、怯える様子も見せず、無言で木板と筆を受け取ると、奥の作業場に篭りました。
数時間後。ドットは、完璧に新しく塗り上げられた、艶のある木板を、カイザーに手渡しました。
そこには、流麗な筆致で、太陽のように輝く剣が描かれ、その上には力強く『食堂:麦の穂』という文字が刻まれていました。精緻で力強い、まさに芸術品でした。
「おお……こりゃ、うめぇじゃねぇか!」
カイザーは感嘆の声を上げ、ドットの肩に、先ほどと同じように腕をかけました。
「おい! お前、将来、天才絵師にでもなるんじゃねぇか! 俺が保証する! 勇者が保証するんだから、確実になれる! 鍛練を怠るなよ!」
ドットは、小さく笑って頷きました。
「これが、お前の報酬だ! この紙に俺の推薦状を書いてやった。王様に、俺が直々に勇者指名の絵師だって紹介してやる! これで、お前は将来約束された芸術家だ! 」
カイザーは、新しい看板を脇に抱え、
「じゃあな、ドット! 俺は店に戻る! 」
そう言い残し、意気揚々(いきようよう)と駆け出していきました。
そして、真新しい看板を、元の看板があった場所に、一瞬で取り付けました。
「よお、店主! 終わったぞ!」
カイザーは、再び『麦の穂』の戸を勢いよく開け、
店主は、カイザーが筆と塗料を持って出て行ってから、あまりの行動の速さに呆然としていましたが、新しく取り付けられた看板を見て、目を丸くしました。
「こ、これは……!!」
そこには、さっきまでボロボロだった看板とは比べ物にならない、精緻な剣の絵と、力強く美しい文字が描かれていました。
「凄い! 勇者様が……これを……!」
店主が驚愕の声を上げる中、カイザーは胸を張りました。
「フッ、誰って? 俺様なわけねぇだろ。もう用は済んだから、そろそろ行くか。」
「え……あの、お代は……!?」
「いらねぇよ、俺様が、美味い飯の礼として、やっただけの話だ、 これで『麦の穂』は安泰だな。俺が保証する。」
満足げな笑みを浮かべたカイザーは、堂々(どうどう)と店を後にしました。
残された店主は、新しい看板を仰ぎ見ながら、ただ感嘆の息を漏らすしかなかったのです。




