③ 原家の客分となる…
令和の時代の茨城県で暮らしていた50代の平凡な夫婦が、戦国時代の南常陸豊田郷にタイムスリップしてしまい…
やがて夜が明けて鳥たちのさえずりに目を覚ませば私の身体は何時の間にか暖かい布団の中にあった。
「道鎮殿はどうしたんだろう?」
と思った瞬間にその道鎮殿がやって来た…
「どうだ?よく眠れたか?寒くはなかったか?」
「はい、何時の間にやら眠ってしまったようで申し訳御座いません!」
「なぁに、わしもあれ程飲んだのは久方ぶりじゃ!お主もかなりいける口じゃのう?」
「はぁ…」私は酒は好きなのだが、それ程強い方ではなかった…しかしこの時代の酒は白く濁っていてほんのり甘くアルコール濃度もそんなに高くはないようで飲みやすかったので、つい調子に乗ってガブガブ呑み過ぎてしまったようだ。
ふと見ると道鎮殿のものと似たような着物が私の枕元に畳んであった。
「さぁ、お主も早くそれに着替えて向こうへ参るぞ!」と道鎮殿。
「はぁ…」
「城中の者達に、お主を紹介せねばならぬ故…しかし、領民達の間ではお主と御妻女の話で持ちきりらしいぞ!」
「はぁ…」私は畳んであった小袖を着て肩衣袴を身に纏い道鎮殿の後について行った…
「先ずは治親様と政重様に御挨拶じゃ!」
「えっ?!あ、はい!」
離から屋敷…いや、ここは栗崎城だから…
私と道鎮殿は二の丸から本丸へと進んでいった…
「遅いぞ道鎮!」と行きなり政重様は御立腹の様子…
評定の間らしき広い部屋に入ると治親様が正面にどっしりと鎮座していた。
その左手前には政重様、右手前には外記様が着座して私達を見ている。
道鎮殿が治親様の正面に着座したので私はそのやや左斜め後ろに座り手を着き頭を下げた…
「はあっ、申し訳御座いません!この者の着替えに少々時を要しまして…」と道鎮殿。
「何じゃとぉっ、この者は肩衣袴の着方も解らんと申すか?」と政重様。
「まぁ、良いではないか政重……道鎮、永田殿、面を上げよ、そう堅苦しくするで無い。昨夜ははゆるりと休めたか?」と治親様。
「ははぁっ。」と私。
「どうせ道鎮の晩酌に付き合わされたのであろう?」と政重様。
「あ、いや滅相も御座りませぬ!」狼狽える道鎮殿。
「はっはっはっ、嘘を申すでないぞ道鎮!お主らが入って来た途端に酒の匂いがぷんぷんしよったぞ!」と治親様。
「はあっ、恐れ入りまして御座います!」と道鎮殿は畳に額をこすり付けた。
すると一同から「ぷっ…」笑いが漏れた…と同時にその場が和やかな雰囲気に包まれた。
「さて永田殿、領民達はお主と御妻女の話でもちきりじゃ…昨日のお主の話、普通なら信じられぬ様な話じゃが…昨日あの後、政重と外記殿と話してな…実はお主にそっくりな者がわしの夢に出てくるのじゃ…格好はわしらと同じような格好なんじゃが、その顔は真に御主に瓜二つなんじゃ!」と治親様は興奮気味に話し続けた…
「そうしたら政重も原殿も同じじゃと言う!…
御主にそっくりな侍が夢に出て来て、必ず旨い煎餅を持って来て、わし等に振る舞ってくれると言うのじゃ!…時には、御主の御妻女にこれまたそっくりな女子が芋を平たく切って焼いたものや、茶色い角ばった甘い菓子を馳走してくれたりもすると…三人が三人共同じ様な…真に不思議な夢をここ一年程…度々見て居ったと…。」
すると道鎮殿が…
「殿!某も同じ夢を!皆様と同じ夢を何度も見て居りました!それ故、この者とは初めて会った時から…昨夜、酒を酌み交わして居る時も何か懐かしいような古くからの友に久し振りに会った様な不思議な感じがいたして居りました!」
「何と?!道鎮、お主もか?」と政重様。
「これはたまげた!まさか四人が四人共、同じ夢を見ていたということか?!」
一同、互いに顔を見合わせてザワついた…
私は恐る恐る言った…
「恐れながら申し上げます…某と妻の有希子は470年後の世にて、ここ1~2年というもの月の出ている夜にはほぼ毎晩と言って良い程、豊田城に罷り越しまして、いつもその天守から我々領民を見守って居て下さるとおぼしき豊田治親様、石毛政重様他、御家来衆の皆様に向かって身勝手なお願いをして参りました…」
「何と!わし等に願い事をとな?」と治親様。
「うむむ、待てよ…そう言えば…御主に瓜二つのその侍は何かおかしな願い事を言っていたような…」と政重様。
「そうじゃそうじゃ、確か…父上が上手く物を飲み込めるように…とか、母上の手の病が治りますようにとか…わし等に煎餅を配りながらぶつぶつ申しておったな!」と治親様。
「はぁ、仰せの通りにございます!某の父は喉の病で声が出なくなりましたが470年後の名医の執刀により一命をとりとめました…しかし食べた物を飲み込む事が困難となり豊田城の天守に向かって父が少しずつでも食べ物を上手く飲み込めるようになりますように…とお願いし続けていたら、いつの間にか少しずつではありましたが父が上手に食べ物を飲み込めるようになっていって某びっくりいたしました!以来母の手のかぶれの事も良くなるようにお願いしていたら、これまた少しずつではありましたが良くなって参りました!某どれほど治親様初め皆様に感謝したか知れませぬ!」と私は本当の事を治親様の目を見て申し上げた。
「うーむ、しかしお主、豊田城の天守に向かってと申したな?」と政重様。
「はぁっ。」
「お主、嘘を申しておるな?!豊田城には天守など無いわ!」
「はぁっ、恐れながら申し上げます!某の暮らしていた時代…今から470年後の世にある豊田城は26~27間程の高さを誇る5層建ての雄大な城なりて美しい天守閣を擁して居りまする!!」
「なっ、何ぃ?!ごっ…五層建てぇっ?!ニ十六~二十七間だとぉっ?!」
「まぁ待て政重。」と治親様。
すると外記様が言った。
「うーん…不思議なこともあるものじゃ…殿、某、月見をするから豊田城に参れと殿に呼ばれる夢をよく見るのですが…その夢の中の豊田城は…この永田殿の申しておるように高さがニ十六~二十七間はあろうかという…それは見事な天守閣を持つ城にござりまして…そのまま天守に登ると…殿に政重様に…周防守殿に…時には御館様や菅谷殿等も居られて…宴も酣になると必ず…」
外記様はゴクリと唾を飲み込み、私の方を見てから続けた…
「永田重兵衛と名乗る侍が何時も旨い煎餅を手土産に現れてその煎餅を某達に振る舞いながら何やら願い事をして居ったような…」
「それは真か外記殿?!」と治親様。
「いや…待てよ…確か…その様な夢…某も見たような…」と政重様。
すると道鎮殿が言った…
「殿!その夢、某も見ました!立派な御城の天守にて皆様が月見をなさっていると二の丸で待機していた某達にも永田重兵衛と名乗る侍が何時も参ってとても旨い煎餅を振る舞ってくれ申した!」
「皆、ちょっと待ってくれ!…その夢…わしも…見ておる…月の綺麗な晩には必ずと言って良い程よく見る夢じゃ…」と治親様。
一同シーンと静まり返った…
其々の顔を見回してから政重様が口を開いた…
「すると何か?…詰まる所…こう言う事かのう?…四百七十年後の世とやらで…永田殿……月の出ている晩にお主がして居った事を…わし等…皆…全員…夢で見て居ったと…そう言う事か?!」
「はぁっ。左様に存じます!」
「しかし…その様な不思議な事があるものかのう?」と治親様。
「恐れながら申し上げます!」
私は治親様の目を見て本当の事を話す決心をした…
「某、子供の事、家族の事…月夜の晩には必ずと言って良い程、豊田城に罷り越しまして勝手なお願いをして参りました…そしてその願い事は悉く叶えられて参りました…が、某も流石に不思議に思い…豊田家の事、豊田城の事…諸々の歴史を調べて居りました…そして…その矢先に…このようなタイムスリップ…いや…時空の歪みに迷い込んでしまい…この戦国の世の吉沼の地に飛ばされて参った次第に御座ります!」
すると治親様が言った…
「しかし永田殿、御主の願い事は…その四百七十年後の世の豊田城主にして居ったのであろう?」
私か答えに窮して居ると治親様が続けた…
「四百七十年後の豊田城主とはどのような男なのかのう?」
「はぁっ、470年後の世は泰平の世にて…侍、百姓の区別も無く…豊田城には主が居りませぬ!豊田城は皆が自由に出入り出来る平和の象徴であり、町民達の憩いの場所となって居りまする!」
「何じゃとぉっ?!御館様の城や多賀谷の城はどうなって居るのじゃ」と政重様。
「はぁっ、城があるのは豊田城だけにございます!」
「何と?!では、豊田が天下を取ったと申すか?!」
「いえ…天下を治めるのは徳川様にございます。」
「何?!徳川様が天下を?!」
「織田や武田や上杉…北条はどうなったのじゃ?!」
「今…この場にて細かい事を申し上げるのは難しいかと…」
「勿体付けずに申さぬか?!」
皆、固唾を飲んで私の言葉を待っていた…
「はぁっ、武田様の兵力が天下無双と思われて居りましたが、上杉様との度重なる死闘、織田様との激闘の末、戦地にて信玄様は病死…それを追う様に謙信様も亡くなり…織田様の天下布武が成されようとして居りましたが…京の都へ上洛の途中、織田家重臣明智様の謀反により本能寺にて信長様は御自害遊ばされます…その後、中国征伐から引き返してきた織田家重臣羽柴様が明智様を討ち、豊臣と名乗って北条をも滅ぼし、天下を統一なさいますが…これも羽柴様の一代限りにて…その後徳川様が天下を奪い15代250年もの間、江戸にて全国を統治なさいましてございます。」
一同静まり返る…が、政重様が言った…
「そ…その様な…事…し…信じられるか?!」
それを制するように治親様が言った…
「待て政重…わしは永田殿が偽りを申して居る様には思えん…この方は真っ直ぐにわしの目を見て堂々と申されて居った…これ即ち、偽り申す者の振る舞いに非ず…」
「しかし兄上っ!」
「待つのじゃ政重…もし…もしも本当に永田殿が四百七十年後の世から参った者であるならば…どのような鉄砲や大砲にも劣らぬ貴重な戦力になるとは思わぬか?」
「御意!某も殿の申される通りかと存じます!もし…もし今よりも先の事を見透すこと叶えば…敵の動きも判ると言うこと…これ即ち戦う前から戦を有利に進める事が可能なりて…当家にとってこれ以上無い強力な御味方と言えましょう。」と外記様…
すると政重様が顎を擦りながら言った…
「うーむ…なるほど…言われてみればその通りじゃな…敵の動きを前もって予測出来れば…当家の不敗神話は未来永劫じゃわい!!わっはっはっはっは…」
一同頷く…すると治親様が言った…
「一同の者…今日…今…この時より永田殿を当家の客分として迎えようと思うが…異議の有る者は居らぬか?」
一同順々に…「御意」「御意」「御意」…
「永田殿、宜しいかな?」と治親様。
「勿体無き御言葉…常充、恐悦至極に存じまする!」
「うむ、それでは外記殿、当分の間、永田殿を客分として面倒を見てやってくれ。」
「はぁっ。」
「では永田殿、明日にでも我が城にも顔を出してくれよ!」と治親様。
「ははぁっ。」
「それと…もう一つ…大事な事を忘れて居った…先程、永田殿が申して居った事…絶対に他言無用じゃ!」と治親様。
「武田、上杉が倒れて…織田が天下を…と思ったら羽柴殿が天下を…と思ったら徳川殿が天下を…と…」と道鎮殿。
「そうじゃ!兎に角、永田殿が今日、申した事、全て他言無用じゃ!良いな!」と治親様。
一同「ははあっ。」…………
こうして私は晴れて第二十代豊田家当主豊田安芸守治親様の家来になったのであった。…
夢じゃなければだが…。




