48 決意
会場は、先ほどまでの華やかな音楽や社交の笑顔が嘘のように沈黙に包まれていた。誰もが息を潜め、ただ重い空気のなかで、王命により連行される二人の姿を見送っていた。
リチャード・ブルクハルト第二王子。そして、ゲラルド・オーディット伯爵。
虚ろな目で歩くリチャードと、最後まで顔を伏せなかったゲラルドの背は、重い罪と真実の影を引きずるようにして会場を去っていった。
その背を見つめる貴族たちの目には、驚愕と混乱、あるいは冷たい憐れみすら滲んでいる。
舞踏会は、これ以上の進行は不可能と判断され、形式上の「閉幕」が王の側近によって静かに宣言された。
誰もが心の中に渦巻く思いを抱えたまま、会場を後にする。
そして、時を移し。
国王直属の控え室として用意された別室のサロン。壁には重厚な絵画と金糸の刺繍が施され、まるで過去と権威そのものが凝縮されたような空間。
その静謐な空気の中に集められていたのは、エミリオ・ルトワーズ。ルーデリウス・ブルクハルト。そして、ロザリエ・ジークベルト。
その三人を前に、国王は椅子に腰かけたまま、深く息を吐いた。
「……このようなことになってしまい、詫びる言葉も見つからぬ。特に、ロザリエ嬢。君には……大変な思いをさせた」
静かに、しかし誠実に告げられたその言葉に、ロザリエは一瞬、驚きの色を瞳に浮かべた。王から詫びの言葉を受けるなど、かつて想像したこともなかった。
「……勿体なきお言葉です、陛下」
そう答える声は少し震えていた。
だが、それでもロザリエは毅然としていた。今日、あの場で真実が明るみに出なければ、再び彼女は冤罪のまま追放されていたに違いない。
それを阻んだのは、傍らに立つ二人の王子の存在だった。
国王の声音には、年老いた王としての疲労と、一人の父としての安堵が滲んでいた。
「……ルーデリウス、よくぞ生きて帰った……そして————我が息子を秘匿に保護し続けてくれた、エミリオ殿下。いや、ルトワーズ王国そのものに……深く感謝を申し上げる」
立ち上がった国王は、エミリオに向かって軽く頭を垂れた。王が他国の王子に礼を尽くす光景など、王宮の歴史においてもそう多くはない。その様子に、ロザリエは思わず姿勢を正し、ルーデリウスも静かに目を伏せてその謝意を受け止めた。
そして、視線を向けられたエミリオは、一度だけ小さく瞬きをしてから、いつものように飄々とした笑顔ではなく、落ち着いた声色で口を開いた。
「……ブルクハルト王国の民と、陛下に平穏が戻るなら、私としましては、当然のことをしたまでです」
澄んだ口調。乱れのない姿勢。王族としての威厳すら漂うその返答は、ルトワーズ王国第一王子としての品位を遺憾なく示していた。
だが。
エミリオの普段の印象をよく知る二人、すなわちロザリエとルーデリウスにとって、その姿はあまりに別人だった。
(……誰?)
ロザリエは思わずそう思ってしまった。ルーデリウスは(猫被りが……)と内心舌打ちを打った。
そんなロザリエの困惑をよそに、エミリオは微笑みを浮かべたまま、深々と一礼した。その姿は、国王だけでなく、ロザリエやルーデリウスすら、言葉を失わせるほどの貫禄を纏っていた。
外交の場では、彼は完璧な王子なのだ。誰もが忘れていた。ただの飄々とした、研究馬鹿の青年ではない。彼もまた、王家に生まれた者なのだ、と。
国王は重い息をひとつ吐いた後、ゆっくりとルーデリウスへと向き直った。その表情には、先ほどまでの威厳とは異なる、ひとりの父としての苦悩と決意が滲んでいた。
「……ゲラルドの件は、明日には国中に広まることとなろう。否応なく、な」
静かながらも、場の空気を引き締める重さのある声だった。
「我らが王家が、民に隠し通してきた過去。そしてその中で、見捨てられた者がいたこと。その恨みが、あのような形で噴き出した……これは、国家としての失態であり、王家の罪だ」
玉座の主であるその男は、真正面から己の過ちを語った。過去を誤魔化すこともできたはずだ。ゲラルドの存在も、罪も、揉み消す術はいくらでもあった。
だが、国王はそれを選ばなかった。
「だからこそ、私は逃げぬ。どれだけ過去が苦しくとも、王とは民の先頭に立ち、責めを負う者だ。……ルーデリウス、お前も同じだ。いつか王座を継ぐ者として、この痛みから目を背けてはならぬ」
国王の瞳が、まっすぐにルーデリウスを射抜く。言葉ではなく、誓いを問う視線だった。
ルーデリウスは、わずかに唇を引き結ぶ。金の髪が、燭台の光に照らされてふわりと揺れた。
「……はい、父上。僕は逃げません」
その声には、揺らぎはなかった。
「過去の痛みも、罪も、そして民の視線も……すべて受け止めます。それが、この国を背負う者の責務であるなら」
胸に手を当て、深く頭を下げるルーデリウス。その姿には、かつて〝いなくなった王子〟の面影はなかった。彼は今、誰よりもまっすぐに「未来」を見据える者として、確かにそこに立っていた。
国王は目を細め、静かに頷いた。
「……よく言った。ルーデリウス。お前が、我が子で誇らしい」
その言葉に、ロザリエはそっと胸元を押さえ、エミリオは目を細めて小さく笑った。そして、部屋の中に静かに灯る蝋燭の火が、三人の決意を照らし続けていた。
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