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47 王家の闇

 ゲラルドの声が、最後の一語を紡ぎ終えた時。


 まるで、時が止まったかのように、会場は沈黙に沈んだ。

 誰もが言葉を失っていた。王家の影、長く隠されていた秘密。それは今、晴れやかな祝宴の場で、白日のもとに晒されたのだ。


 天井から吊るされた水晶のシャンデリアが、静かに揺れていた。その微かな煌めきすら、どこか不穏に感じられるほど、空気は重く、冷えていた。


 ゲラルドは黙っていた。

 否、唇の端をうっすらと持ち上げていた。それは勝利の笑みなどではない。もっと冷たく、もっと昏いもの————挑発、嘲り、あるいは諦念すら混じったような、底の見えぬ笑み。


(さあ、どうする王よ)


 その視線は、玉座の上の人物に突き刺さる。


(私を罪人と切り捨てるか?それとも、忌まわしき血の記録をまた闇に葬るか?好きにすればいい)


 その時だった。


 玉座の上で、静かに目を伏せていた王が、立ち上がった。ゆっくりと。堂々としたはずの王の足取りは、今はどこか重々しく、そして決意に満ちていた。


 会場にまた、息を呑む気配が広がる。誰もが、国王がこれから何を口にするのかを固唾を呑んで見守っていた。

 護衛も、貴族たちも、誰一人として動かない。


 金糸の外套が、王の背に揺れた。まるで時代そのものが、ゆっくりと動き出すかのように。


 やがて、王はゲラルドの前に立つと、ゆっくりと、膝をついた。片膝を地につけ、静かに頭を垂れる。


 信じられない光景だった。


「……っ!?」


 空気が震えた。貴族たちは顔を見合わせ、誰もが息を詰める。


 ルーデリウスは目を見開き、ロザリエは小さく息を呑んだ。リチャードの顔からは、血の気が引いていた。


 ゲラルド自身も、一瞬、動けなかった。


 頭を下げたのは————あの王だった。絶対的権威を背負い、誰よりも高く座してきたこの国の象徴が。今、目の前でひざまずいている。


「……許してくれ、ゲラルド」


 国王の声は、驚くほど静かだった。だがその一語一語が、万雷の如く重く、会場の隅々にまで響いた。


「……お前の母上を、守ることができなかった。王家の恥と決めつけ、切り捨てた。そして……お前の命も、誇りもさえも、王家の名のもとに、同じように切り捨てた。それが————我々王家の罪だ」


 その声音に、虚飾はなかった。一人の男として、一人の兄として、深い悔恨が滲んでいた。


「お前が背負わされた屈辱、哀しみ……私は、そのすべてを理解できていたとは言わない。だが、理解しようともしなかった私の罪を、今ここで認めよう」


 王は、さらに深く頭を垂れた。


「私の弟よ。名を奪われ、声を奪われ、それでもなお生きてきた、お前に。今ようやく、私は……〝家族〟として、頭を下げる」


 会場が、しんと静まり返った。


 誰一人、軽々しく声を発することなどできない。それは、王という存在の中に潜んでいた「人間」の重さが、圧倒的に露わになった瞬間だった。


 ゲラルドは、動けなかった。

 嘲笑おうとしたはずの口元も、動かなかった。王家への憎悪と、渇いた虚無の間で彼の胸の奥で、何かが崩れ始めていた。


 ただ、王は静かに続ける。


「……だが、それでも。お前が犯した罪が、許されるわけではない。娘を駒として使い、リチャードを操ろうとした。国家を、私情で歪めようとしたその行いは、決して見過ごすわけにはいかぬ」


 国王は、ゆっくりと顔を上げ、真正面からゲラルドを見据えた。


「ッ……!」


 ゲラルドの拳が王の頬を打ち抜いた瞬間、空気が裂けるような音が会場を満たした。それは、乾いた衝撃音。誰もが想像し得なかった、けれど何処かで、彼だけはずっと、願い続けていた破裂音だった。


 王の顔が横に弾かれる。

 その頬にはくっきりと、ゲラルドの拳の痕が残った。しかし、王は反撃も、叱責も、声を荒げることすらしない。

 ただ、穏やかな、どこか痛ましげな眼差しでゲラルドを見据えていた。


「違う……違う……!」


 ゲラルドの肩が震え始める。拳を握りしめたまま、顔を歪め、声を荒らげた。


「違うだろう……!何故だ、何故……!」


 その声は、憎しみの叫びというよりも、深く抑えられてきた慟哭のようだった。あまりにも長い間、押し殺してきたものが、一気に口を突いて溢れてくる。


「お前は……お前は、父と同じ、先王と……同じはずだ!」


 側に控えていた護衛や近衛兵たちが動き出し、瞬く間にゲラルドの両腕を後ろに拘束する。だが、彼の動きが止まることはなかった。

体を押さえつけられながらも、なおも顔を上げ、目を見開き、声を張り上げる。


「己の罪から逃げて、逃げて……隠して、隠し通して……!そうやって私の母を踏みにじって……!私を……私を、王子とも呼ばず、存在ごと消し去ろうとした……!ずっと、ずっとそうだったじゃないか!」


 ゲラルドの目には、怒りの火花ではなく、涙が滲んでいた。それはもはや王への攻撃でも、復讐でもなかった。

 ただの、失われた子供の叫びだった。


「……なのに、何故だ。何故、罪を認める……?」


 彼は足元に膝をつき、歯を噛みしめ、震える声で問う。


「何故だ。お前は、何故それをしない……!」


 その問いには、答えを求めるというより、答えを拒絶する気持ちすら滲んでいた。彼がずっと信じてきたもの、それが今まさに崩れ去ろうとしている。

 〝王家は決して変わらない〟〝誰も赦しなどしない〟

 そう信じて生き延びてきた————その足場が、王の膝と共に、崩れていく。


 王はゆっくりと歩み寄った。拘束されたゲラルドの前で、もう一度静かに膝をつく。

 そして、囁くように、けれどはっきりと、言葉を紡いだ。


「……私も、ずっと逃げていた。兄として、王として、お前に顔を向けることができなかった。だが、それを赦してくれとは言わない。ただ……今だけは、お前に向き合いたいと思ったのだ」


 それは、もう一つの贖いだった。


 ゲラルドは俯いたまま、何も答えなかった。ただその肩が、僅かに震え続けていた。声なき嗚咽のように。

 崩れた信念を抱きしめるように。


もう誰にも届かぬ、孤独な叫びを胸の奥に仕舞いながら————。






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