03 ルーデリウス
街の喧騒は遠ざかり、ロザリエが馬車を降りたのは、古都の一角に構える由緒正しき宝石商である。上質なベルベットを敷いた店内には、どこか静謐な気配が漂っていた。
「こ、こちらを……す、全て、でございますか……?」
「えぇ。こちらを、全て、換金したいのですけれど」
ロザリエが鞄から取り出した様々な宝石類を見て宝石商の主人は何度もロザリエに同じ言葉を聞き返した。
「こちらを全て、となりますと……鑑定もありますので、少々お時間が……」
「構いませんわ。こちらで待たせて頂いても?」
「え、えぇ、それは、もちろんでございます」
主人は何度も片眼鏡の位置を直し、慌てた様子でカウンターの奥に入っていった。ロザリエは店の客人用のソファに腰掛け、リチャードが昨夜プレゼントしてきたレッドダイヤモンドのブローチを思い出して鼻で笑った。
回帰前にあのブローチをあの場で受け取ったのは確かだが、時間が巻き戻った今、レッドダイヤモンドのブローチを受け取るのは今回が初めてだ。それなのに、「前と同じものを渡された」と伝えても、リチャードは疑いもせず謝罪をした。自分が何をプレゼントしたかも覚えていないだなんて。
(本当に私に興味がないのね)
別に悲しくはない。だが、呆れはした。興味がない事にはとことん無関心なのは、彼の悪い癖だ。
(……いいのよ。そのおかげで、手段として使えるわけだから)
そう、彼から贈られた品々は、愛の証ではない。ただの「資源」だ。愛されていないと理解した時点で、それは資金に変える以外に価値はない。
肩をすくめてから、側にあった新聞に手を伸ばす。待ち時間も客が退屈しないよう置いてあるのだろう。手に取り、パラパラと紙面をめくっていると、新聞の端に〝ルーデリウス・ブルクハルトについての情報求む〟という記事が載っているのを見てロザリエは大きく瞬きをした。
(……まだ、探しているのね。あれから五年も経ったというのに)
ルーデリウス・ブルクハルト。
彼は、五年前に事故に遭い消息不明となった、リチャードの実兄だった。
元々リチャードは第二王子であったが第一王子である兄、ルーデリウスが失踪し彼は第一王子に繰り上がった存在だ。
ルーデリウスは次期国王として貴族はもちろん平民からも期待されており、彼はその期待通りに優秀な王子として育っていた。一方、弟のリチャードは何をやっても半人前で、優秀な兄に強いコンプレックスを抱いていた。そんな中、ルーデリウスがいなくなり、なんの努力もせずリチャードは次期国王の立場に一気にのし上がってしまった所為で、あんな風になってしまっているというわけだ。
(あの人がいたなら、私はこんな道を選ばずに済んだかもしれないのに)
ページを閉じて溜息を吐いた瞬間、店の奥からぎこちない声が届いた。
「あ、あの……ジークベルト公女様……?」
今までの事を思い出し、苛立ちから溜息を吐きながら眉を顰めていたロザリエに、主人がオドオドしながら声をかけてきた。
「あら、鑑定はお済みで?」
「えぇ……こちらが代金の方になるのですが…」
主人は金貨がこれでもかと入った麻袋をロザリエに差し出した。大金を見慣れているロザリエでさえも思わず固まってしまった。ここまで高く売れるだなんて思ってもいなかった。流石は王太子のリチャードが用意したものなだけある。
ロザリエは主人にお礼を言うと、金貨の入った麻袋を受け取って店を後にした。宝石を全てお金に変えられたのはよかったが、これから自分の駒を探さなければならないのだと思い出しロザリエは頭を悩ませた。
学園に自分に協力してくれる生徒などもちろん居ないし、ジークベルト公爵家の使用人たちは皆平和ボケしていてあまり使えそうにない。どうすれば良いのかと考えながら、馬車を待機させている場所へ向かっていると、ロザリエの背後に足音が三つ、ついてきているのが分かった。ロザリエは思わずマントのフードを深く被る。
ああ、護衛をつけるべきだった。悪女という噂が広まっている自分の護衛などやりたくないだろうと、要らない気を回すんじゃなかった。
ロザリエの抱えている、金貨の入った重い麻袋を狙う破落戸に後をつけられている。なんとか撒けないかと早足になるが、破落戸たちはそれでもお構い無しに付いてくる。
「……!」
近道をしようと角を曲がったところで、三人のうちの一人が先回りしたのか、小汚い男がロザリエの前に立ち塞がった。戻ろうと振り返れば残り二人の男が背後に立っており、ニヤニヤしながらこちらに近付いてくる。
……仕方がない。お金を置いて逃げよう。今は自分の命が最優先だ。ロザリエがそう決心して、麻袋を投げ捨てようとした刹那————。
「な、なんだッ!?」
突然頭上から人が落ちてきた。黒いマントを身に纏いフードを深く被った青年はロザリエの前に綺麗に着地すると、目の前に立ち塞がる破落戸たちをギロリと睨んだ。
その視線に怯んだ彼らはポケットからナイフを取り出し、青年に襲い掛かる。
まずナイフを振り下ろしてきた男の手首を掴み、動きを封じた後、青年は男の首に重い一撃を叩き込む。
二人目が青年の首目掛けてナイフを突き刺そうとするが、彼が男の手首を軽く叩くと反射で手が離れナイフが宙を舞う。それを素早くキャッチした青年はナイフの刃の裏を使って男の首を殴り付け気絶させる。
「くそッ……!」
残った一人の男もナイフを持っていたようだが、焦っているのかそのまま突進をしてきたので青年は男のナイフを持っている手首を掴んでひょいと投げ飛ばしてしまった。
一瞬で破落戸たちを動けない状態にしてしまった青年をロザリエはハッとして見つめる。
「お怪我はありませんか?お嬢様」
「えっ?あ……はい」
フードを深く被っているので青年の顔は見えないが、その口元は優しそうに微笑んでいた。刹那、倒れていた男が隙をついて地面に落ちたナイフを拾い上げ、青年に襲い掛かった。
青年は瞬時にそれに気付き攻撃を防ごうとするが。
「きゃあっ!」
ロザリエの方が早かった。男が起き上がると同時に、金貨の入った麻袋を男の頭上に咄嗟に振り下ろした。ゴッ、と生々しい音が響き、カランとナイフが落下する音と共に男は倒れた。今度こそ動かなくなった破落戸を見下ろしてロザリエが息を整えていると。
「随分と……たくましいですね。お嬢様は」
「たっ、たまたまですわ!これはッ……その、体が勝手に!」
笑いを隠しきれない口元を隠しながら青年は呟いた。男が起き上がって青年に襲い掛かった時、なんとかしないとと脳が叫んで、気付いたら男の頭を麻袋で殴り付けていたのだ。プルプルと震えながら笑いを堪えている青年をロザリエは睨み付ける。
「……失礼いたしました。この辺は物騒な輩が多いのです。特にお嬢様のように大事そうに何かを抱えている女性は狙われやすいのですよ」
青年はそう言ってロザリエの手を取った。彼の中指に付けているシルバーリングがキラリと光った。
「馬車までお送りしましょう」
「あ、ありがとうございます……」
まるで慣れているかのようにエスコートする青年に、ロザリエは面食らった。馬車までの距離はそう遠くなかったので、すぐに到着した。
「あの……貴方のお名前は?」
別れ際、ロザリエは青年に尋ねた。青年は少し考えた素振りを見せると、笑顔で答えた。
「デリウス、と申します」
「デリウス様……今日は、助けてくださってありがとうございます」
「おや、〝様〟だなんておやめください。僕はお嬢様のように高貴な人間ではございませんから」
「ですが……」
「どうかデリウスと呼んでください。そちらの方が気が楽です」
デリウス、と名乗った青年にそう言われ、ロザリエは肩をすくめた。
「分かりました。……デリウス、改めて、先程は本当にありがとうございました。是非お礼を……」
「そんな。僕はそのようなつもりでお嬢様を助けたわけではございませんので」
「いいえ、どうか受け取ってくださいな」
ロザリエはそう言うと、麻袋から金貨を十枚ほど取り出し、デリウスに押し付けた。しかしデリウスは頰に冷や汗を滲ませ、それを受け取ろうとしない。
「お嬢様……僕は本当に…」
「お願いします。助けてくださった方にお礼も出来ないだなんて、私が許せません」
「そう言われましても————」
デリウスは困ったように呟く。しかし、ロザリエが近くに寄った事で、デリウスはフードで隠れていたロザリエの顔を見てしまい、言葉を止めた。美しいアメジストの瞳に、艶やかな銀色の髪の毛。まさか————。
「……あの…つかぬ事をお伺いしますが……」
「はい?」
「貴方様はもしや……ロザリエ・ジークベルト公女様でいらっしゃいますか……?」
「え、えぇ。そうですが……それが何か?」
ロザリエは自分の名前を言い当てられ、一瞬ぽかんとなった。ロザリエの名を確認したデリウスはふっと小さく笑ったかと思うと、金貨を持っているロザリエの手を優しく包み込んだ。
「ではロザリエお嬢様。お礼がしたいとの事でしたら、一つ、僕のお願い事を聞いていただけませんか?」
「お願い事……ですか?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返すロザリエの前にデリウスは跪き、深く被っていたフードを脱いだ。闇の如き漆黒の髪の毛が現れ、こちらを見つめる真紅の瞳にロザリエは目を奪われる。
「僕を……お嬢様のお側に置いてください」
形のいい唇から発せられた言葉に、ロザリエは思わず固まってしまう。
「そ、側に、って……」
ロザリエはあたふたと一瞬狼狽えるが、ゴホンと咳払いをして、デリウスを申し訳なさそうに見下ろした。
「私は婚約者がおりますし、それに、次期王妃の身ですから……そういうのは困りますわ」
ロザリエの言葉に今度はデリウスが固まった。だが、すぐに顔をくしゃりと歪めて笑い始める。
「申し訳ありません……僕の言い方が悪かったですね。お側に……というのは、従者としてお仕えさせていただきたいという意味です」
「えっ、あ……」
勝手に勘違いをしてしまっていた事に気が付いたロザリエは途端に赤面する。それを見てデリウスは楽しそうに笑っていた。
「まあ、ロザリエお嬢様のようなお美しい方のお側にいたい気持ちはありますが」
「揶揄わないでください……!」
ロザリエは笑っているデリウスから顔を背ける。
そして、チラリと跪いているデリウスを盗み見た。戦闘力には申し分ないし、駒として優秀かどうかはともかく、ロザリエに自ら仕えたいと申し出てくれた。ロザリエがジークベルト公爵令嬢と知ってから、このような態度になった事を考えると……やはり、ロザリエが公爵令嬢という立場と金を持っているという点に惹かれてこのような事を言い出したのだろう。
(……使ってみる価値はあるわね)
デリウスはロザリエに仕えれば莫大な金や権力が手に入ると見越して跪いたのだと予想した。いや、金貨の受け取りを拒んでいたし、彼の真に欲しいものは権力か。次期王妃の身であるロザリエに仕えればそれなりに良い暮らしは保証されるし、指先一つで低い身分の使用人などであれば動かす事など容易になる。まぁなんにせよ、欲しているものが丸見えな相手は扱い易い。活躍に応じて報酬を与えれば、それなりに優秀な駒として、私の為に動いてくれるかしら?
「お嬢様?」
「……いいでしょう。私の従者として、仕える覚悟があるのなら、貴方を雇ってあげる」
「ありがとうございます」
「でも、今はパルビス学園に在籍中なの。それでも付いてきてくれる?」
「もちろんでございます!ロザリエお嬢様の為なら例え火の中水の中嵐の中……!」
「あ、あぁ……そう」
ぺかーっと輝かしい笑顔を浮かべるデリウスに、ロザリエは目を細めた。
「まずはお父様に雇用申請をする必要があるから……推薦書をジークベルト家に送っておくわ。デリウスは公爵家に向かってちょうだい。手続きが終われば、学園行きの馬車をお父様が用意してくれるはずよ」
ロザリエはそう言って麻袋から再び金貨を取り出す。
「あとは、ジークベルト家までの運賃を————」
「お気遣いありがとうございますお嬢様!ですが、運賃代ぐらいは手持ちにありますのでご安心を」
「あら……そうなの?」
ここから公爵家は馬車を使えばかなりの金額になるはずだけど……本当に運賃を持っているのかしら?でも、彼の身に纏っている服はどこか清潔感があり、髪の毛も毎日手入れされているかのように艶やかだ。もしかして、ただの平民ではないのかもしれない。実は貴族だとか?でもならば何故、従者になりたいだなんて自分から言い出したのだろう。
ロザリエが考え込んでいると、デリウスがロザリエの手を取り、そこに優しく口付けた。
「僕のお願い事を聞いてくださってありがとうございます。ロザリエお嬢様はブルクハルト王国一、お優しいお方だ」
では、お気をつけて、とデリウスが手を離し、こちらに頭を下げた。ロザリエは戸惑いながらも馬車に乗り、デリウスと別れた。
彼が口付けた手の甲が、燃えているかのようにやけに熱かった。
「あぁっ!やっと見つけた!」
ロザリエの乗った馬車を見送ったデリウスの背後から、黒いマントを被った男がぜぇはあと息を弾ませながら声を荒げた。
「困りますよデリウス様!勝手に動かれては!貴方様に何かあれば、私の首がぁッ……!」
「騒がしいぞレイヴン。静かにしてろ」
レイヴン、とデリウスに呼ばれた男は自分の首がギロチンにかけられる様を想像して勝手に顔を青ざめさせた。デリウスはそんなレイヴンの様子を見て溜め息を吐く。
「それより、しばらくはお前とは別行動になる。用がある時には僕から出向くから、お前は引き続き例の伯爵を追ってくれ」
「えっ、べ、別行動で、ございますか……?」
「詳しい事は後でまた伝える。今は急いでジークベルト公爵家に向かわねばならない」
「ちょっ……で、デリウス様!?お待ちください!!」
レイヴンの制止も聞かず、デリウスはスタスタとその場から去ってしまった。レイヴンは再び単独行動を始めたデリウスに頭を抱えた。
「はあ……まったく困ったお方だ……ルーデリウス・ブルクハルト殿下は……」
レイヴンの口から溢れた呟きは、失踪した第一王子、ルーデリウスの名を確かに発していた。
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