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24 シルバーリング

 冬の帳が静かに降り始めた頃、学園のあちこちでは準備が慌ただしく進められ、生徒たちの間には高揚と緊張が入り混じる空気が漂っていた。

 礼服に身を包んだ教師陣、華やかな装いの令嬢や若き貴族たち。中には遠方から保護者が訪れ、普段とは違う華やぎを持ち込んでくる。まさに、一夜限りの小さな社交界。それが、冬の祝宴であった。


 しかし、ロザリエの心は、どこか冷めた静けさに包まれていた。


 自室にて、窓辺の椅子に腰掛けた彼女は、ゆっくりと鏡に向かい、今日のために仕立てられた青のドレスを身に纏っていた。


 それは王家を象徴する深い蒼————濃紺とも群青とも言い難い、冷たくも気品ある色合いで、彼女の白磁のような肌に映えて、まるで夜の帳に咲く氷花のような気配を纏っている。繊細な刺繍が施されたスカートは、歩くたびに小さく波打ち、銀糸で縁取られた袖口が手首を優美に飾っていた。


 髪はゆるやかに結い上げられ、額にはほんのひと房の前髪がこぼれ落ちる。耳元には銀の滴のようなピアスが揺れ、首元には、光を受けて静かに煌めく小粒の真珠が添えられていた。


 回帰前、この祝宴は、屈辱の象徴だった。


 リチャードにパートナーとしての誘いを断られ、仕方なく一人で出席し、カリナと全く同じドレスを着て現れた瞬間、周囲から笑い者にされた。あの時の羞恥と悔しさを、ロザリエは決して忘れない。


 だが、今は違う。


(……一人でも、堂々と歩いて見せるわ)


 そんな想いを胸に宿したその時、静かに扉がノックされた。


「失礼いたします、お嬢様」


 控えめで穏やかな声。その声音だけで、誰が来たのかすぐにわかった。

 ロザリエが振り返ると、ドアの向こうからデリウスが現れた。

 相変わらずの整った黒の従者服に身を包み、彼は静かに一礼する。


 彼女の姿を見るなり、デリウスはわずかに目を見開き、そして、ふと優しい微笑みを浮かべる。


「……お嬢様。とても、お美しいです。まるで————」


 彼は言葉を探すように、わずかに視線を揺らした。


「……まるで、夜空に咲いた星の花のようだと……そう、思いました」


 不意の賛辞に、ロザリエは一瞬、胸の奥がくすぐられるような感覚に襲われる。だが、それを表に出すことなく、涼やかな笑みで応えた。


「ふふ……ありがと。でも、それは褒めすぎよ」

「いえ、決して。今夜の学園で、誰よりも輝いておられるでしょう」


 その声には、従者としての礼儀ではなく、一人の青年としての本心が滲んでいた。

 そんな彼が一歩近づき、懐から小さな、黒いベルベットの箱を取り出す。


「お嬢様、こちらを」


 そっと箱の蓋を開けると、中にはひとつの指輪が納められていた。


 華美な装飾はない。ただ、細身の銀の輪に、ひと粒の小さな宝石が埋め込まれている。透き通るその石は、見る角度によって微かに色を変え、まるで星の欠片を封じ込めたようだった。


「これは……?」


 訝しげに問いかけるロザリエに、デリウスは静かに頷いた。


「お守りです。今宵、僕は祝宴の場に、お嬢様の傍にいることが叶いませんので」


 その声には、わずかに滲む寂しさがあった。けれど、それ以上に深い、確かな想いが宿っていた。

 彼は、そっとロザリエの左手を取ると、中指へと指輪をすべらせる。


「どうか、この夜が穏やかでありますように……そして、お嬢様が、どんな時でもご自身を誇れるようにと、願いを込めました」


 指にすっと嵌められたシルバーリングの感触が、じんわりと肌に馴染んでいく。

 ロザリエは、そっと左手を持ち上げ、その指輪をまじまじと見つめた。


 ————どこかで、見たような。


 その瞬間、ふと脳裏に浮かんだのは、あの初めての出会いの日。


 街角で、帰路を襲われた自分を助けてくれた男。身なりは質素でありながら、どこか貴族のような気品を纏っていたデリウス。そして、彼の左手には、光る銀の指輪があった。


(……もしかして、あのときの……)


 けれど。


 視線を落としたロザリエは、すぐに首をかしげた。


 この指輪は、自分の指にぴったりと嵌められている。まるで最初から、自分のために仕立てられたかのように。けれど、デリウスの指は、彼女よりずっと大きく、骨ばっていた。ならば、この指輪が彼のものであるはずはない。


(……別のものよね。あれと似ているだけで)


 それでも、胸の内のどこかで、小さな違和感が静かに疼いていた。


「お嬢様」


 背後から、静かにデリウスの声が届いた。


「そろそろ、祝宴が始まりますよ。会場までお送りします」


 ロザリエは思考を止めるように瞬きをし、左手を胸元に寄せ、指輪をそっと撫でる。

 この違和感が、単なる思い違いであることを願いながら。


「ええ。行きましょうか」


 静かに頷き、ロザリエは彼のあとに続いた。


 きらびやかな光が灯され始めた回廊の先。そこでは、華やかな音楽と笑い声が、冬の夜の始まりを告げていた。






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