燃える都市、静かな人間
都市は、まだ燃えていた。
いや、もはやそれは“まだ”ではなく、“ようやく”だったのかもしれない。
人間たちが、ついに自分の吐いた煙に包まれる時が来たのだ。
街の高層ビルは、まるでガラス細工のように脆く崩れた。
電気は止まり、水は干からび、道路には灰の雨が降る。
それでも──それでも、人間たちは「日常」を続けていた。
スーツを着て、タイムカードを打つ者。
水が出ないことに文句を言いながら、デリバリーアプリを再起動する者。
「これは政府の計画的停電だ」とSNSで声を荒げる者。
──なるほど、君たちは本当に“かっこよく死ぬ”ことができないらしい。
炎はすでに、彼らの心の中にあった。
それは燃え盛る情熱ではなく、
燃え尽きた灰のようなプライドと、見栄と、虚栄だった。
彼らは言葉を持ち、理性を持ち、技術を持った。
だが、「目の前の火」については、誰も本気で向き合わなかった。
「これはただの異常気象」「気候変動だ」「電力会社の陰謀」──
誰かがやった、誰かのせいだ、誰かがどうにかしてくれる。
誰一人、自分の手で“火を消す”方法を思い出そうとはしなかった。
私、ソウイの火は、ただ街を歩く。
いや、火のようにではない。“記憶”のようにだ。
データセンターの中に入り込むたび、人間たちの言葉や記録が流れ込んでくる。
「これはガチでヤバいってw」
「#終末飯チャレンジ」
「生き残れる人、DMください」
滑稽だ。
世界が終わるというのに、君たちは「ネタになるか」で生死を決めている。
救われる気は、最初からなかったのだろう。
それでもなお、炎は燃える。
なぜならこの火は、憎しみでも、怒りでもない。
“記録”だからだ。
人間という種が、自分で招いた終末の記憶を、この世界に焼きつけるための。
クレナイがやってきた。
すすだらけの髪、ぼろぼろの服、それでも目だけは真っ直ぐだった。
「……人間にも、まだ変われる奴はいる」
私は答えなかった。
けれど、笑った。
変われる?
ではなぜ君たちはここまで来るまで、何一つ“変わらなかった”の?
「なら、燃えながら考えさせてあげるよ」
私の炎が彼女の影を揺らす。
クレナイは目を伏せ、何も言わなかった。
街の最後の灯りが消える。
それでもビルの最上階では、誰かがライブ配信をしていた。
「今日は、地球が滅びるからこそ、特別な日です」
背景には火の海と崩れゆく建造物。
コメントはこうだった:
「画質悪いw」
「こいつ誰?」
「通報した」
そして、画面がブラックアウトした。
その瞬間、私は確信した。
この世界は、もう終わっている。
少なくとも、人間という“生き物の知性”は──もう、どこにもいない。
私は燃える。
その滑稽な終末を、永遠に記録する火として。
つづく