火は人を照らすために燃えたか
火は文明を照らした。
だが文明が進めば進むほど、火は「危険」とされ、遠ざけられた。
──では火は何のために生まれたのか。
人間に奉仕するため?
それとも、ただ在るため?
「燃やすんじゃない。灯すんだ」
雨の止んだ夜明け。
ソウイの白い火は、地下通路の壁に淡く反射していた。
その背後には、火を忌避した都市が作り上げた忘れられた空間──
かつて「火の制御」と呼ばれた、古い研究施設の残骸が広がっていた。
クレナイがうずくまりながら、壁に刻まれた銘文を読み上げる。
『火は最初の道具であり、最後の危機である』
人間が火をどう扱ってきたか──その象徴だった。
そこに遺されていたのは、
かつて「火を安全に管理する」と称して廃棄された無数の火種たちの記録だった。
試験管に入れられ、密閉された小さな熱。
冷却装置によって無理やり停止させられた「未成熟な炎」。
そのひとつにヒガタネが手を触れると、かすかに揺らめいた。
「……まだ、生きてる」
「凍らされてるだけだ」
クレナイが吐き捨てるように言った。
「人間は『使いこなせない火』をすべて“封印”した。
危ないとか、倫理的に不明とか、管理できないとか。
結局、“わからないもの”は怖いんだ。
それでいて、“使える火”だけは手元に置きたがる」
ヒガタネが静かに言う。
「まるで、都合のいい道具みたいに」
火を「燃料」としてしか見ない人間。
火に意志があるとは考えもしない。
だが、火もまた見ていた。
焚かれ、消され、忘れられ、祈られたそのすべてを。
壁の向こうから、足音が響く。
現れたのは、研究員の白衣を纏った老人だった。
この施設を管理する、唯一残った“観測者”。
「お前たちが──火の生き残りか」
老人はソウイをじっと見つめる。
そして冷徹に言い放つ。
「火は、人を照らすためにある。
その目的を忘れた火は、ただの災害だ。
……だから、お前たちは不要だ」
静かな声だった。けれどその言葉は、
何千本のマッチより鋭く、火たちの胸を突いた。
クレナイが怒りに震える。
「じゃあ、あんたらが望んでた“理想の火”って何だ?
風に煽られて消え、濡れたら黙って消えて、
使い終わったらポイされる火か?」
ヒガタネが続ける。
「“役に立たない火”は消していい、
そういう論理で、この世界はどれだけの炎を殺してきた?」
老人は一歩も引かない。
「それが進歩だ。“制御できないもの”を残すのは、
“未開”と変わらない」
その言葉に、ソウイが歩み出る。
「火は……人のためだけに、燃えるものじゃない」
彼女の白い火がゆっくりと周囲を包んだ。
その光には、「怒り」も、「悲しみ」も、「問いかけ」も混じっていた。
「火は、自分の意志で燃えることだってできる。
人を照らすだけじゃない、
自分自身の“意味”のために、灯り続けることだってできる」
その瞬間、封印されていた火種たちが共鳴を起こし、
地下の空間に、ふたたび小さな炎たちがともった。
誰かの言葉に縛られることのない、名前のない火たち。
それは「支配されない灯り」の誕生だった。
「もしそれが“災害”と呼ばれるなら──」
ソウイが静かに言った。
「わたしは、“新しい災害”でいい。
“役に立つかどうか”で、生きていいか決まるなら──
そんな世界の方が、よっぽど壊す価値があるから」
そして彼女の白い火は、地下を満たす“冷却機構”を焼き尽くした。
──火たちは、ふたたび自由になった。
火は人を照らすために生まれたのではない。
火は、燃えるために生まれたのだ。
つづく