記憶の温度
火はすべてを焼くのではない。
火は、すべてを思い出させる。
夜。
ソウイは夢の中にいた。
それは眠りではなく、炎の中を漂うような感覚。
熱くもなく、ただ静かに包まれている。
眼の前には、見知らぬ都市。
鉄とコンクリートの巨塔が並び、人々は“効率”と“最短”を信仰していた。
火はそこにあった。
厨房の奥、暖房の裏、ビルの非常灯の陰に。
誰にも感謝されず、ただ義務のように灯り続ける火。
「これが、記憶……?」
ソウイの中に誰かの声が響く。
「かつて火は神だった。
やがて道具になり、今は……排除の対象だ。
だが我々は、消されたつもりなどない」
夢が一瞬、赤く爆ぜた。
──焼却炉の中。
灰に埋もれたまま、それでも燻る火種たち。
誰にも見つけられない、息をする火の残骸。
•
「目が覚めたか、火の巫女」
目を開けたソウイの前に立っていたのは、クレナイだった。
薄明かりの路地裏。
彼の炎は以前よりも静かで、どこか迷っているように見えた。
「この前のこと、あれ……何だったの?」
「知らないのか。あの白い炎、おまえだけのものだ」
「おまえの中に眠っていた“古い火”が目を覚ました。
それは、破壊でも再生でもない。“在る”ための火だ」
ソウイの掌を見つめるクレナイの目が、わずかに揺れた。
彼もまた、その火に焼かれたのだ。
「なぜ教えてくれるの?」
「おれにもわからない。ただ……その火には、なにか“帰る場所”がある気がしてな」
そのとき、遠くで連続火災のサイレンが鳴り響いた。
ヒガタネが現れる。
「……目覚めたのは、クレナイだけじゃない」
「この都市で、次々に火が暴れている。
自分を忘れられた火種たちが、今……“世界を取り戻そうとしている”」
ソウイの脳裏に、夢の中の都市がよみがえる。
火を切り捨て、排除し、ただの効率で生きようとした都市。
「あの街が……怒ってるの?」
「違う。思い出しているのさ」
「かつて、自分が世界を温めていたことを」
•
三人は静かに、火の気配の強まる場所へと歩き出す。
次に出会うのは、誰の記憶か。
どんな火か。
そしてソウイの中で、熱は確かに育っていた。
火はただ燃えるだけではない。
火は、進化を選ぶ。
人間がそれを忘れても――火は、覚えている。
つづく