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燃えた火

赤く染まった夜空を、少女は確かに見た。

誰も気に留めなかったその“熱”を、彼女だけが感じ取っていた。


少女の名はソウイ。

小学生の頃に火災で家を失い、それ以来、火に怯えるように暮らしていた。

火は怖いもの。破壊するもの。

だけど、どこかでいつも――恋しがっていた。


両親がいなくなったあの日、最後に見たのは、暖炉の火だった。

燃え上がる天井ではなく、パチパチと優しく揺れる小さな焔。

あのとき、たしかに火が彼女に何かを“告げようとしていた”気がしたのだ。


それから数年、ソウイは火を見ることを避けていた。それはそうだ。

ろうそくも、マッチも、ガスコンロすら怖くて触れられない。

それでも、どこかで火の存在を忘れられなかった。


その夜。

街外れの廃屋が焼け落ちた翌朝。

ソウイは、焼け跡の前に立っていた。


焦げ臭い空気。

立ち入り禁止のテープ。

警察官も誰もいない、静かな朝のその場所で――


“何か”が、彼女を呼んだ。


「……おまえ、火を恐れていないな」


声は、誰のものでもなかった。

だが確かに、ソウイの耳に届いた。


彼女は目を凝らした。

焼け跡の中心に、まだ赤く揺らめく“何か”がいた。

小さな火の塊。けれどその中に――“目”があった。


「あなた……火、なの?」


問いかけた声は、震えていた。けれど、逃げなかった。

ヒガタネはじっとソウイを見た。

人間のくせに、なぜ逃げない? なぜ、焼け跡に来た?


「……あなたは、悪い火じゃない。私には、わかる」


その瞬間、ヒガタネの中で、なにかが弾けた。


温度が、変わる。


怒りだけで構成されていた火種に、

一滴の“ぬくもり”が注がれた。


「……ふん、気安く同情すんなよ」


そう言いながらも、ヒガタネはその場から立ち去らなかった。

ソウイも、ただ黙って寄り添うように、焼け跡に腰を下ろした。


しばらくの沈黙のあと、ソウイがぽっつりと言った。


「本当はね、火が嫌いになんてなりたくなかったんだよ」


ヒガタネは、その言葉を、心のどこかで噛みしめた。


人間は、すべてが傲慢ではない。

火を恐れながらも、火に寄り添おうとする者もいる。


ヒガタネの外形が、一瞬、やわらかく揺れた。


その日、火種は初めて“燃やさない”選択をした。


少女と火。

絶対に交わらないはずの二つが、

静かに、確かに

近づいていく。


そして、ソウイの足元に散った炭の粒が、

誰にも見えないほど微かに、赤く瞬いた。


火の力は、怒りだけではない。

感情であり、記憶であり、

生きようとする“声”そのものだ。


つづく。


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