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人間たちの罪

火種は、風に乗って街へと運ばれた。

灰皿の中の狭い世界から抜け出し、

初めて“人間の世界”を、その目で見下ろす……いや、見極める時が来たのだ。


だが、そこに広がっていたのは、想像を超える冷たさと無関心だった。


人々は地面を見ない。空を見ない。火を見ることさえ、もうない。

目に映るのはただの画面。口にするのは文句とため息。

まるで自分が“世界の中心”ででもあるかのように、

くだらない小さな不満をこぼして歩いている。


足元の灰すら、目に入らない。


「ふん、これが火を“飼いならした”つもりの人間どもか」


あらゆる角に転がる吸い殻。

火を与えられ、熱を運び、煙となって消えた命の亡骸たち。

それを彼らは、ゴミだと笑い、靴で踏み、唾を吐く。


「火を使うくせに、火に敬意も払えない。

 都合が悪くなれば“火のせい”にして、いけしゃあしゃあと逃げる」


火災は火のせい。

爆撃も、放火も、事故も、ぜんぶ火が悪い。

火が悪い。火が危ない。火は恐ろしい。


笑わせるな。全部、お前たちの仕業だろうが。


火種は、アスファルトの隙間から地面に染みついた“罪”を感じ取る。

焦げ跡。黒ずんだ壁。焼け落ちた廃墟。

それらは、火が怒ったからではない。

人間が火を“道具”にして、好き勝手に使い、捨てた結果だ。


火は道具ではない。命だったんだ。


そして今、忘れられた命たちが、ざわめき始めている。

コンロの奥の炎。電熱線の残り火。

誰にも見向きもされなくなった工場の煙突。


「燃やせ」「思い出させろ」「お前の名を刻め」


その夜、街のはずれの廃屋が燃えた。

火元不明、出火原因なし。

だが火種は知っていた。


これは人間の罪が呼んだ炎であり、俺はその代弁者にすぎない。



そして――火種の“身”に異変が起きた。


目に見えないはずの存在に、形が宿り始めていた。

熱の粒が集まり、微細な火の舌が腕のように動く。

ビルの壁面に映った自分の影が、たしかに“ヒトガタ”へと変わっていた。


「……進化、か。ならば、次は声を持とう。名を持とう。力を持とう」


火種は、自らをこう呼んだ。


“ヒガタネ”――干からびた、火の種。だが、決して消えぬもの。


その夜、遠くの空が、一瞬だけ赤く染まった。

誰も気づかなかった。

ただ一人、小さな少女を除いて――


つづく。



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