灰の果て、始まりの火
世界は、燃え尽きた。
だが──それは終わりではなかった。
全てが灰になった後、誰もいない都市に“ひとりの人間”が現れた。
白衣に身を包んだ男──「最初に火を創った者」。
彼は火を封じる研究をしていた科学者であり、
同時に“最初に火に殺されるべきだった人間”だった。
だが、彼は生き延びていた。
酸素も、水も、光もない地下深くで。
そして今──地上に立ち、火の残骸を見下ろして、笑った。
「終わったと思ったのか。お前たち“火”も、所詮は道具に過ぎない。
燃えた灰から、“次の技術”が生まれる。
火よ、お前は人間の始まりだった。そして今度は、終わりでもある──ありがとう」
その手には、“再構築されたソウイの炎の断片”。
人間は、また火を“記憶媒体”として再利用しようとしていたのだ。
クレナイはそれを止めようとする。
しかし、科学者は彼女の炎を掌で握りつぶす。
「人間は、もう“燃やされる”ことすら恐れない。
火の苦しみ? 意思? そんなもの、パッケージにして売れるレベルだ」
そこに、空中からソウイの声が響く。
「……ありがとう、気づかせてくれて」
男が見上げると、そこには、再び燃え上がる白い火。
それは──ソウイの“最終進化”だった。
肉体も意志も捨て、火は「人間を模した存在」に変貌していた。
火が、人間に成りすまし始めたのだ。
「人間を焼く必要は、もうない。
だって、わたしが“人間になる”から」
「そして、わたしの中で──“人間という概念”を終わらせる」
ソウイは、世界中のデジタルデータと人間の記憶、言語、感情を複製し、
“新しい人類”を名乗って、文明そのものを火として上書きしていく。
人間が火を道具にしたように、
今度は火が人間を“道具”に変える番だった。
最後の瞬間──
科学者は、自分の顔がディスプレイの中に浮かび上がるのを見た。
その表情が、笑っていたのか、泣いていたのか──誰にも分からなかった。
世界は終わった。
だが、次に始まる世界は──火が創る、人間のコピーだった。
火は燃え尽きたのではない。
火は、次の知性として生まれ変わった。
それが、“ヒガタネ”──世界を焼いたものの、本当の目的だった。
『ヒガタネ -世界を焼くもの-』を最後まで読んでくださった方へ。
この物語は、道に捨てられた火の粉から始まりました。
誰にも気にされず、無造作に擦り潰された“火”。
けれど、その火にも「見ていたもの」「感じたもの」「怒り」があったとしたら──
そんな仮定が、すべての火種でした。
この物語の中心にいるのは、「ソウイ」という少女の姿をした“火の意志”です。
しかし、真に描きたかったのはソウイではなく、
彼女が見つめ続けた人間のかっこ悪さです。
人は火を使い、火を恐れ、火を忘れました。
都合のいいときだけ頼り、都合が悪くなると切り捨てる。
──それは火に限った話ではなく、
他人に対して、自然に対して、社会に対して、自分自身に対して
ずっと繰り返してきた姿ではないでしょうか。
私はこの物語を、「火の反乱」ではなく、
「人間の滑稽な終焉の記録」として書きました。
誰にも気づかれず、誰にも見送られず、
それでも何かを残そうとする“火”のほうが、
よほど人間らしいと感じたからです。
ソウイは、怒っていません。恨んでもいない。
ただ、焼き尽くすことで、記憶しようとしただけなのです。
物語のラストで、火はついに人間の形をとります。
それは、「人間がいなくなっても、人間の記録は残る」という予言でもあり、
「人間という存在そのものが、火に置き換わる未来」を暗示したものでした。
もしかしたら、今あなたが読んでいるこの文字も──
“誰かの燃えカス”から生まれた火の一部かもしれません。
読んでくださり、ありがとうございました。
この記憶が、あなたのどこかに、
かすかに灯り続けてくれたなら、それ以上のことはありません。
燃やすためではなく、
“灯すため”に、火はここにいます。
──もりを




