命火の目覚め
火は、見ていた。
遥か昔、石と石が擦れ合い、生まれた一筋の光。
暖を取り、獣を追い払い、人の暮らしを支えてきた。
だが、時は流れ――
火は忘れられていった。
電気に代わり、制御され、
小さく、小さく、押し込められた。
たばこの先、ライターの中、
一瞬で使われ、無造作に消される。
「燃えるためだけに生まれて、灰になって終わる」
誰も疑わなかった。
誰も、心があるとは思わなかった。
しかし、ある夜――
捨てられた火種に、“命”が宿った。
静かに、ゆっくりと、世界が焦げ始める。
燃えたいのか。
燃やしたいのか。
それとも、誰かに見つけてほしいのか。
これは、一本のたばこから生まれた、
小さな火の、大きな復讐と救いの物語。
火は、今も見ている。
次にあなたが火を消すとき――
その炎に、心があるかもしれない。
深夜の繁華街。酔った男が、道端に置かれた古びた灰皿に無造作にたばこを押し付ける。ジュ、と小さな音がして、火は消えた……かに思えた。
その瞬間、世界の見え方が反転する。暗闇の中で、たばこの残り火に宿った“何か”が目を覚ました。目ではない。だが確かに“視界”があり、耳ではないのに“音”が聞こえる。
「俺は……どこだ?」
生まれたばかりの火種は、自分が何者かもわからない。だが、熱い。怒りのような、飢えのような、得体の知れぬ衝動が胸の奥(火の中心)で渦巻いている。
周囲の吸い殻たちには、すでに命はなかった。ただ、かすかに残る“記憶”。吸われ、使われ、吐き捨てられたたばこたちの、無念と怒り。
そのすべてを火種は“燃料”として吸い上げる。
「俺は捨てられた……でも、まだ終わっていない」
火種は、小さな灰の中で決意する。
――この世に自分の存在を焼き付けるのだ。