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エリート魔法師が学ぶ人間LIFE、実技が下手すぎて退学になりそうです

作者: ちより

 誰もが当たり前に魔法を使える世界において、人間はまさしく未知の生き物である。


 見た目がそっくりな人間だが、魔力が一切ない彼らは、その知性で文明を発展させている。地中や海底、宇宙にすら進出する人間が、いつか魔界の脅威にならないよう、人間の世界で監察官として働くその職は、魔界において選ばれたエリートのみに許される。



 レキサスは、その第一段階である狭き門を見事に首席で合格した。


 人間界を専門的に学べる学園において、家柄、魔力、その頭脳でレキサスの右に出る者はいない。試験では、圧倒的な知識量と、人ではないとバレた時、その危機を脱せるだけの魔法が使えるかの適正試験を見事一位で突破したのだ。




「皆さんにはただいまより一切の魔法の使用を禁じます」


 監察官としての道のりは険しい。学園では、より普通の人間として自然に振る舞えるよう、24時間体制で人としての暮らしを求められる。学園内にはそれぞれ、男子寮と女子寮が敷地を隔てて並ぶように建てられ、そこで監察官を目指す4年間、人間のように暮らすのだ。


 ランクごとにクラス編成がされており、主席のレキサスは当然Aクラスにふり分けられる。


「まぁ、俺なら余裕だろうがな」


「人間なら、その傲慢そうな態度は嫌われるよ?」


「……君も合格していたのか」


 家柄こそレキサスに並ぶほどのミラだが、魔力量に関しては、これといってぱっとせず、魔法も不器用な方だった。それでも、親同士の付き合いが多く、幼い頃からの顔見知りだ。何かと魔法が苦手でよく泣くことの多かったミラの相手役を任されたというべきか……最近は顔を合わせていなかったが、まさか同じ学園を受験していたとは。それも同じAクラスにだ。


「監察官に興味があったとは意外だな」


「私は魔力量がいまいちなので……まぁ人間の世界でなら楽に生きられるかなぁって」


「舐めているのか? そんな軽い気持ちで人間のふりが出来ると思っているとはな」


「……ふふ、人間は無気力なタイプも多いようで。むしろこの考えをそのまま面接で話したら、実に人間らしいって、合格にとどまらずAクラス認定になっちゃった」


「くっ……」


 ミラの言う通り、いかに人間らしくかが評価される。レキサスの愛読書である偉人シリーズは、むしろ希少なタイプの人間だ。



「まぁいい……すぐに成績不良で他のクラスに行くことは目に見えているからな」



 卒業までの間、定期的に行われる試験で、2回連続平均以下を取れば、そのクラスから離脱する。ABCの3タイプのうち、最低ランクのCクラスに一年経っても抜け出せない者は、退学となる。


 寮でも魔法の使用は禁じられており、違反者は即退学になる為、卒業までの4年で、8割の生徒は脱落すると言われている。


「さて、明日からの授業に備えて、今日は『エジスン』の伝記でも読んで休むとするか……」


 ミラの相手をしているうちに、他の者は帰ったようだった。自分もさっさと寮の部屋へ戻ろうとするが……


「…………」


「魔法は使っちゃダメだよね」


 ミラは机にもたれかかったまま、窓の方へ身体を向けるレキサスにニヤリと笑いかける。


「当然、歩いて帰るつもりだ!!」


 飛行も移動魔法もダメとなれば、いちいち階段を降りて玄関から出て、寮まで歩いてまた階段をのぼるしかない。


 ――なんと効率が悪いんだ。僕の部屋まで30分はかかるぞ!? その間に『エジスン』を読み終わり『人間のススメ』も読めるではないか!?



 学園の心意気には共感するものの、移動の時間くらい効率的に出来ないのかと悔しく思う。


「ぐっ……っはぁ……ぜぇぜぇ……くっ……」


「大丈夫?」


 天才魔法師と謳われてきたレキサスにとって、移動など一瞬で終わらせられるものだった。その為、わざわざ歩くなど、ほとんだ必要のなかったレキサスは、階段の途中で力尽きていた。荷物をまとめ、少し遅れて帰る途中だったミラは、レキサスの方へかがみ込み、お菓子を差し出す。


「なんだ……げほっ、これは……」


「お菓子だよ、学園の売店で売ってるやつ。今日は授業がないから、部屋で食べられるようにたくさん買っといたんだよね」


「お菓子くらい、図鑑で見たことある。俺が言っているのは、なぜそれを出しているのかと聞いているんだ」


「人間って、間食? 好きだよね……意外と美味しいよ。なんか……このチョコとか食べたら元気出るし」


「当たり前だろう、疲労回復効果と気分の高揚感が期待されるカカオ成分と砂糖で作られているのだからな」


「だから、どうぞ?」


「…………」


 魔力で生きる魔法師にとって、体力は別物だ。ましてや身体強化魔法もなしで、身体の筋肉のみで全ての行動をとるなど、どれだけのエネルギーが必要になるか……レキサスは、これ以上のやり取りをする気力もない、言われるままに一口食べる。


「っ!?」


「美味しいって言えばいいんだと思うよ」


「それくらい、分かっている」


「あと、何かもらったら……」


「分かっていると言っているだろう」


「じゃあ言って?」


「っ!?」


「分かっているなら、言えるよね? 誇り高いレキサス様はお礼なんて言わないだろうけど、ここは人間界のマナーを重んじる学園なわけで……」


「……当然だ」



 魔法師は、ある程度のことは魔法で済ませる。それ以外でも、身の回りの世話を主従関係を結んだ者や、魔獣召喚によってさせることも多く、ある程度の年齢になれば、それを己の力で従わせる為、誰かに感謝するなど、ほとんどない。ミラはレキサスの言葉を待っているようだ。


「あっ……ありがとう、だろ」


「ふふっ。だろ、は余計だけどね」



 ミラとやり取りしている間に、先ほど食べたチョコのおかげか、身体が熱をおびたように回復するのを感じる。


「〜〜〜〜っ」


「あれ? 帰るの?」


「あぁ……」


「なら一緒に……あっ……」


 急いで立ち上がり、ミラに失態を見せてしまった自分が、なんとなく腹立たしく思える。気まずさから、思わず走るように帰るレキサスだったが





「……お菓子、箱ごといる?」


「……いる」


 今度は学園の玄関口で、またしても力尽き、寮の入り口まで無事一緒に帰ることになったのだった。






「〜〜〜〜このように、人間は体調を崩した時は薬や食事によって体力の回復を待つのです」


 余裕の講義を終え、学園生活にも慣れてきた。不本意ながらミラと登校を共にする日々にもようやく終わりが見えてくる。


 ――まぁ、主席である俺が体力不足で倒れこむなど、学園にとっても一大事となってしまうからな。


 ミラがつまづかないように石や段差へ注意を促し、背中を押しながらなんとか休むことなく登下校をしてきた。数ヶ月でその支えも不要になり、かなり歩けるようになってきた。


 ――可哀想だが、そろそろお役御免といったところだろうか……


 授業の受け答えは常に完璧、分野ごとに行われるペーパーテストでは当然満点のレキサスは、当然、前期の試験も余裕のはずだった。




「初の試験となりますが、普段のペーパーテストとは異なり、実践形式での試験を行います。各スペースに設けられた位置についてください」


「っ!!!!????」



 ――実践……だと……まぁ、当然脳内トレーニングは完璧だ。ええと、試験課題は「ガス火の点火」「飲み物実践」「後片づけ」…………ふむ、1人で歩けるようになってきたんだ、一連の所作は頭に入っている。



「まぁ、ミラさん!? コップから一滴もこぼれていないわ!! それに何も割れていないなんて……素晴らしいっ、我が校始まって以来よ!!!!」


 気づけばミラの周りには、講師陣が輪を囲むように集まり、注目を集めている。



 ――なんだ? ミラの方が騒がしいな……まぁ、昔から特に火炎魔法系は苦手だったからな、おそらく、最初の点火でやらかしたのか……



 レキサスは、もう一度脳内でしっかりと段取りを確認する。



 ――まずは点火だな……ゴム管からガスを通し、強化力バーナーで着火、スイッチを長く押しすぎても、短すぎてもその効果は発動しない。もし、ガス漏れが起こっていれば爆発、ガス中毒の危険性がある。無事に点火出来ても、炎の大きさのコントロールを誤れば全てを丸焦げにし、長時間放置すれば全焼させるほどの威力を持つ……いや、最近のは自然に消えるものもあると聞くが、慎重に扱うにこしたことはないな……



 腰を少しかがませ、そのスイッチに手をかける。


「点火!!!!」


 カチッとした音がなり、チッチッチッと点火するのを待つ。


 強火が一気にまわる。


「っ!?」


 己のタイミングで発動させる火炎魔法とは異なり、いつ火が起こるのか分からないそのタイミングに、思わず身を引く。その拍子に側にあったヤカンを落とし、水がこぼれる。


「しまっ!!?」


 慌てて、拭くものをとコップを乗せているタオルを勢いよく取った為、湯呑みが落下し大きな音とともに割れる。





「レキサスさん……一体これは……」


 あまりにも無惨な事態に、採点のつけようがない。


「このままでは、クラス降格どころか退学です……しかし、主席合格したあなたを初の試験で退学させたとなれば、我が校の名誉にも関わります……今回のみ、再試験を実施し、満点をとれば保留のチャンスを検討しましょう」


 つまり、追試だ。レキサスは、生まれて初めて、バツをつけられたのだ。





「………………」


「……大丈夫?」


 試験が終わり、解散となった教室で、人生初の挫折になかなか立ち上がれない。ミラは隣に座り、背中をなでる。


「………………」


「仕方ないよ。魔力の高いレキサスが魔法なしで立ち回るなんて」



「………………」


「ほら、私は魔力が低いから、なるべく魔力温存のために割と普段から自分でやること多くてさ……えせ人間なんて言うやつもいたけど、意外な逆転劇だよね?」


 ミラは学年1位の成績をたたき出した。


 監察官になるには、人間界で何があっても全ての記憶を消去できるほどの高い魔力と、それ以上に一般大衆に溶け込む人間力が必要になる。ミラは魔力が低いといっても、普段から使わないよう魔力をためているため、一度くらいなら緊急時を回避できるだけの魔力は持っていると判断されたのだ。また、彼女の家柄が監察官として十分な資質とみなされたことも大きい。それほど、人間界で働く為には多方面の力が必要とされるのだ。


 監察官=家柄、魔力、技術力の全てを併せもつエリートの象徴そのものなのだ。


「……自分を卑下する言い方はやめろ」


「あっ、やっとしゃべっ……え?」


 ミラはようやく顔を上げてくれたかと思った瞬間、レキサスは凄い勢いで習いたての土下座にそのまま体勢を変える。


「レキサス!? どうし……」


「追試で満点を取らなければ監察官としての可能性は皆無になる。頼むっ、俺に……教えてください」



 正直、人間に関わる本はなんでも読んだ。まだ真意の結論づけられていないレポートにも目を通し、自分なりに仮説や考察をまとめ、いつかこの手で人間の実態をあばきたいと思っていた。だが、本を読む時間をとりたいために、今までなんでも魔法でやってきていた。魔力量なら無限にある、だが、頭で分かっていることに身体がついていかないのだ。



「先ほど、言っていただろう……魔力に頼らずやってきたと。君と俺との差を考えた時、俺には圧倒的に実践経験が足りなかったんだ……愚かだよ。歩行の訓練の段階で気づくべきだった。」


「まぁ、それはそうだけど……再テストまで2週間だよね。普通の授業はあるし、歩行にだって慣れるのに数ヶ月かかったし……いつそんな時間……」


「合宿棟の使用を申請する」


「合宿塔……」


 合宿棟とは、実践訓練するために作られた人間の暮らす部屋を様々なパターンで用意された部屋がいくつもあり、通常は卒業前の生徒が泊まり込みで使用することが多い。


「まだ……上級生が使う時期ではないから、申請は通るはずだ。学園としても、今俺に退学されるのは困るだろうからな」


「それはつまり……」


 レキサスは再び土下座で頭を床に叩きつける。


「俺と泊まりこみで訓練に付き合ってほしい」





「レキサス君……人間とは、自分で歯をみがくものなのだよ?」


「それは分かって」


「分かっているは禁止」


「っ……」


「返事」


「はい……」



 ミラに土下座で頼み込んだ人間力指導合宿は、泊まり込みで行う。


「歯磨きなら、入学してから自分でしている……」


「それもそうだね。じゃあ、飲み物はどうしてたわけ?」


 そう言われ、レキサスは荷物に詰めた大量のペットボトルを出す。


「……まぁ、君が自分でお茶を入れるとは思ってなかったよ。とりあえず、歯磨きしているなら手首の筋肉はある程度使いものになっているはずだね。じゃあ、はい」


 ミラはソファに座り、自分の太ももを軽く叩く。


「?」


「ここに横になって。ちゃんと磨けているか確認するから、ほら」


「いっ!? いや、確認などしなくても我々魔法師はそもそも……」


「虫歯にはならないね。だから、ちゃんと磨けているか、見ないと分からないでしょう? ろくに歯磨きしないで虫歯ゼロとか、こういう些細な違和感に人間は敏感だよね?」


 反論の余地なく、レキサスは太ももに頭をのせる。


「口を閉じられたら見えないんだけど……」


「…………あぁ」


 思いのほか、悪い気がせず思わず浸ってしまっていたとは言えない。


「うーん、やっぱり実際に磨いているところを見た方が分かりやすいかも」


「…………あぁ」


「あれ、ちょっと待って……」


 ミラはレキサスの額に手を置く。


「なんか……熱くない?」


 ――そう言えば、試験で水浸しになってからしばらくそのままにしていたが、なんだか寒さを感じるな。それに、頭がいつもより働かないようなら気も……


「まさか、風邪?」


 基本、魔法師は体調を崩すことはない。常に魔力で一定の体調を保てるからだ。まだコントロールのとれない幼子や、魔力の少ない者であれば別だが、当然レキサスは神童と呼ばれた天才だった為、初めてのことだった。


「なんか、ダメだ……意識したら先ほどよりしんどくなってきた……」


「あっ、ちょっと!!」


 そのままミラのお腹の方に身体を向け、気力ゼロになる。


「早く……回復魔法を……」


「魔法を使ったら退学だよ」


「だが、なんかこれはもうダメなやつな気がする」


「……そこまで熱くないし、話せてるから大丈夫だよ。仕方ない、支給されている薬を飲んだら今日はもう休んで……」


「こっ……んな状態で寝て待てだと……こんなに苦しいなど、どの文献にも書かれていなかったというのに……」


 人間の病に関する調査は多いが、どれも白血球数が、だとか、平均入院日数がなど、肝心の症状に関する詳細は少ない。


 ――それだけ病になった者への接触が難しいのか……親しい関係性は正体がバレる可能性があるし当然か、しかし、なんだこの強烈な身体の疲れは、1ミリも動きたくない。魔法であればこの程度一瞬で治るというのに……これに耐えるなど、拷問ではないのか……



 一度ミラは薬を取りに行き、目の前でコップに水を入れる。


 ――なるほど、片手はコップを押さえた方が安定しそうだな……


 ぼんやり考えながら見ていると、薬を飲む手伝いをしてくれた。


「今日は、ここで休んで。何かかぶるものを持ってくるから」


 出て行こうとするミラの腕を掴む。


「っ?」


「頼む……そのまま、ここに……」


 睡眠作用のある薬ですぐに寝てしまったようだ。ミラはそっと頭をなでる。


「大丈夫だよ、ちゃんといるから」






 朝日が入る。陽の光で目を覚ますと、いつのまにか布団がかけられ、ミラもそのそばで眠っている。


「……ミラ」


 ミラはすぐに目を覚まし、すぐに額を触る。


「良かった、熱はもうないね……とりあえず、何か食べる?」


 特殊な魔法師を除き、食べなくても問題はないが、ミラは好んで甘いものを食べている。お腹がすいているわけではないので、単純に人間の食べ物を気に入っているのだろう。


「いや、それより、授業に行く前にお茶の入れ方を教えてもらえないか?」


 ミラは少し驚く、熱心さは変わらないが、何というか、ものの言い方が柔らかくなったからだ。昔の、よく遊んでいた頃を思い出す。


「ふふっ、いいよ。じゃあココアも作ろうか、私好きなんだよね」



 先にやかんを置き、ガス火を点火する。最初から強火にすると火の勢いが強い為、少し弱めている。

 

「これなら、火で驚かなくて済むな……」


 ミラは機嫌良くそれぞれよコップにお茶のパックとココアの粉をいれる。


「先にお茶の葉をパックに少し入れておくの。そうすると洗い物が少なくなるし、1人分ならこれでちょうどいいかなって思って」


「自分で考えたのか?」


「ペットボトルばかりだとゴミが増えるでしょ、それに重いし……」


「そうか、すごいな」


「ふふふ」


 今朝見せてもらったお茶の入れ方を、放課後改めてレキサスは試してみる。パックにお茶の葉を詰める際、こぼしてしまったが、ミラのサポートもあり、かなり上手くできた。


「うーん、なんか薄いな……」


「もう少しお湯につけておくといいけど、長いと渋くなるよ」


「毎回入れるのは少し面倒だな」


「一度にたくさん作って、冷凍庫に入れておくのもいいよ」


「なるほど」


「じゃあ、こぼさなくなるまで毎日手をグーパー200回ずつね」


「っ!?」


「あと、歯磨きのことも忘れないでね?」


「それは、必要なのか?」


「大事」



 ミラによる指導は深夜まで続く。サポートがなければ、かなり厳しい。


「あっ、持ち手は……」


「あぢっ!!!! だっ、大丈夫か?」


「私は大丈夫」


 沸いたやかんを、持ち手以外のところを触って火傷してしまったり



「お茶は少しずつ全てにいれていかないと……」


「たっ、足りないのだが!?」


「同じくらいになるよう少しずつ全てのコップに入れると過不足なくなるよ。それに味も均等になるし……」


「なるほど」


「じゃあ、コップを盆に乗せて10分、両手に1つずつね」


「っ!?」



 筋トレと実践を繰り返す。頭では分かっていても、実際にやろうとするとなかなか上手くいかないことばかりだ。



「あっ!!」


 洗剤ですべっては、食器を割ってしまう。


「皿洗いはそんなに泡立たなくてもいいよ、割れたものは素手で触っちゃダメだよ」



 洗えるようになっても、


「……キッチンが汚い」


「洗ったものはきれいだが?」


「あと片付けの定義を述べよ」


「……使う前よりも綺麗にを基本とする。あるべき場所に戻し、使った物だけではなく、場所まで綺麗にすること、だ」


「完璧。じゃあやろうか?」




 試行錯誤による日を送り、再試験日が明日となった晩、


「どうだ?」


 レキサスは1人でミラにお茶を出す。


「うん、美味しい。少し冷めちゃったけど、私は猫舌だからちょうどいい感じ」

 

「明日からは毎日俺がお茶をいれよう」


「ふふふ、明日は試験だよ。今日で特訓もお終いだね」


 お互い放課後から夜中にかけ特訓したこともあり、目の下にはくまがある。


「あぁ、助かった」


「昔みたいに過ごせて楽しかったよ」


「?」


「ふふ、おやすみ。レキサス君」




 最後の晩はこれ以上は何もせず、寝ることにした。休息は脳にも大事だ。






「では、再試験として10人の講師で評価します、満点を取らなければ、残念ですが……」


「…………」


「退学処分となります。では、始めてください」



 ミラとの生活で、話を最後まで聞く癖がついた。いつもなら、話の流れに察しがついた時点で分かったと返事をするところだが、ミラに何度も注意をされ、自然と出来るようになっていた。



 試験は同じ内容だ、火をつけ、お湯をわかし、飲み物をいれ片付ける……はずだったのだが、追加項目があるではないか。


「現代社会に沿った対応を入れること……」


「最近の調査では、人間世界のお茶出しにも変化が起こっているようです。今回の再試験ではあなたに残留の価値があるかの評価の場でもあります」



 ――なるほど、熱意を見たいということか……


 レキサスは毎日のように鍛えた所作で無駄のない動きをみせる。


 ――5人か、なら一気に茶葉を入れた方が早いな。


 人数から割り出した水量をやかんにいれ、沸く時間を最短にならよう調整する。


「っ!? お湯の量から調整してますわね」


「少しだけ多いのはお代わり用か?」


「足りないよりは少し多めに……彼はいわゆる人間の癖 念のため を取り入れているのではないでしょうか……」


 軽くこした薄めの段階で少しだけ先にいれる。その色を見て、ゆらゆらと茶葉を揺らし始める。



「お茶の濃さを調整している?」


 そこから全員の濃さが均等になるよう、少しずつ足すように入れていく。最初に少量入れていたことで、熱すぎず、ぬるすぎずのお茶が完成する。


「お待たせ致しました。失礼します」


 講師達に湯呑みを置き、その隣には大量に荷物にいれていたペットボトルの飲み物を並べて置く。


「茶葉が立っていますわ!?」


「これは縁起が良いな」


「……でもなぜ飲み物を2つ?」


「近年の人間社会の傾向として、病への感染対策として使い捨てを好み、人前での飲食を避ける傾向がみてとれます。しかし、何も出さない、何も頂かないを失礼とする文化もあることから、気兼ねなく持ち帰り出来るペットボトルも一緒に提供させて頂きました」



 レキサスの回答に、感心の声が上がる。当然最後の片付けも完璧に終わらせる。水滴1つなくキッチンをふきあげてみせた。



「我々はあなたの再試験を十分我が校に留まる資格があると判断します。ですが、このような特例は今後は期待しないように、それとあなたに与えられる点数は今回の平均点より20点差し引いた点数とします」


 つまり、後期の実技試験で満点に近い点差を取らなければクラス落ちはほぼ確実になる。





 試験が終わり、教室から出るとミラがお菓子を食べながら待っていた。


「ほうらった?」


「………………」


「?」


「当然、合格だ」


「(ごくん)良かった」


 ミラはチョコをレキサスの口に押しこむ


「っ!?」


「ふふ、お祝いだよ」


「………………」


 ――なんだ!? さっきから体温が上がっている気が……しかも、なんか可愛く見えるぞ!? いや元々可愛いとは思っていたが、なんというか、俺を待っていたとか……やばいな。抱きしめたいとか一瞬思ってしまった……


「どうしたの?」


「いや……帰るぞ」


 今日からはお互いの部屋に帰る。いつもの日常に戻るだけなのだが、離れがたく感じてしまっていた。


「……ココアを……明日飲むか?」


「ん?」


「付き合ってくれたお礼だ。明日、お菓子と一緒にココアを買おう」


「んー、いいや」


「っ!?」


「お礼はいい。でも、私がお菓子持ってくるから、レキサス君がココア作ってきてよ? 明日一緒に食べよう」


「……分かった」


 その晩、レキサスは美味しいココアの入れ方を研究し、マシュマロとチョコペン、生クリームで立体のくまを作り上げることに成功した。




 再試験が終わり、今まで本を読んでばかりいたレキサスは、筋トレにも時間を割くようになった。腹筋など1回で数日動けなくなるほどのダメージを受けていたが、今では腹筋、腕立て、スクワットをこなせるまでになっていた。


「最近、体力ついてきたね」


 あれから毎朝、ミラからラテアートの飲み物を希望され、登校前に一緒に過ごすことが当たり前になっていた。レキサスはコーヒーに目覚め、2人で飲みながら話す。


「まぁな、人側は筋肉で動くからな……強化魔法も使えないし、何をするにも時間がかかる」


「ふふっ、毎日は疲れるよね」


「あぁ。それより、後期の実技試験は少しやり方を変えるらしいぞ、俺が再試験を受けたことで一部批判が出たらしくてな、今回は全員、事前に課題内容を提示されてからとなるらしい」


「なるほどね、なら良かった」


「?」


「前期は当たりだったから。他の分野だったらわたしこそ退学だったかも」


「それはどういう……」


「お茶入れ、あれ趣味なんだよね。だから、昔から研究してたから出来ただけだよ」


「…………」


 そういえば、ミラは授業中も居眠りをしたり、お菓子を食べてばかりいる。入試試験も前期の実技も突破しているだけに、余裕なのかと思っていたが


「もし、交通科目が試験に出されていたらどうしていた?」


「えっと……赤は気をつけて渡れだった?」


「っ!?」


 



「後期の試験科目は 人間との交際 です。実際に交際することは危険性もありますが、これからの時代、より深い調査にあたって、恋愛関係を含む深い付き合いは有効な手段になると言われています。それぞれ、人間界での場面を想定して準備しておくように」


 事前に課題を告知する為か、試験内容が一気に変わる。隣でぼーっとしていたミラにレキサスは念の為確認する。



「……交際の手段について分かるか?」


「えっと、文通?」


「他には?」


「眠りの魔法からキスされるまで待っておく……とか?」



「後期の試験まで、勉強するぞ」


「えっ、どうして……」


「俺は満点とるつもりだから、クラス落ちする予定はない。だから、ミラも頑張れ」


「……うん」



 さすがにこの時期は上級生の使用で合宿棟の申請は通らなかった。


「仕方ないな……図書館では声は出せないし、女子寮に俺が入れば周りが騒ぐだろうしな」


 魔法の使用禁止以外に関してのルールは基本ない為、男女の寮の行き来は特に何も定められていない。だが、本人が過剰なのではなく、レキサスはモテる。その家柄と魔法師としての才能は有名であり、整ったルックスに、お近づきになりたいと思っている生徒は多い。


 普段は本を読み、学校内では近づくことを許さない雰囲気を出している為、最初こそなかなか声をかけられる勇気のある者はいなかった。だが、最近ミラと話す様子から、自分たちにもチャンスがあるのではと狙う者は少なくない。もし寮に来たとなれば完全にオフの時間であり、騒ぎになることは容易に想像がつく。



「……俺の部屋に来るか?」




 レキサスの部屋はすっかり片付いていた。前期の試験では、実践能力の欠如を思い知らされた為、筋トレや掃除、ミラの為の新作のドリンクの研究など、日々実践しているのだ。


 ――片付けているし、見られて困るようなものはない……はずなのに、なんだっ、この緊張は!? 自分のテリトリーにいる、それだけでこの意識せざる得ない高鳴りは!?


「お邪魔します」


「邪魔なのでは断じてないっ!!」


「人間は部屋に入る時使う言葉を言ってみたんだけど……」


「あぁっ、そうだな。試験対策だったな……とりあえず、教科書出すか」



 ミラの座るリビングの椅子の隣りに、部屋用の椅子を並べ横に座る。


「まずは、ここだ。人間の交際についてだが、友人、組織、恋愛関係で関係性づくりが求められる。とくに恋愛においての手法だが、俺たちとは少し違う。文通が近年では機械を使ったメッセージのやり取りがメインに変化しているだろう、あと魔法はないが恋を成就させるパワーが集まる場所があるらしい……魔法師が試したところ発動しなかったらしいが、人間には成功者が続出しているらしくてな、今後の追加調査が予定されている。」


「たまにあるよね、魔界の影響がもれちゃってる場所が……」


「そうだな、この点に関しては持論を考察するのも面白い。それと、他人からの紹介、一目惚れ、友達からの発展……」


「ふーん、見た目だけじゃなくて共通するところもあるね」




 ――っ!? 


 

「……人間独自の手法が試験には出てくるだろうな、だが、共通項から攻めるのも悪くない。ちなみに、どこら辺に共感……」


「ここら辺は大丈夫そう」


「そうか……では次は告白への対応についてだな。これは実際にした方が分かりやすいだろう……まずは、無難な関係性づくりで求められるうまい断り方だな。俺が告白するから、関係性が壊れないよう対応してくれ」



 監察官として長く同じ場所に留まることは、それだけ深い関係性づくりの機会がある。その為、なるべく当たり障りのない距離感を築くことが多いが、特に退散を余儀なくされるのが恋愛だ。これまでの努力が一瞬で崩れるほどの危険性を持つため、その対応には高度な技術が求められる。



「分かった」


「それじゃあ……ミラさん、付き合って欲しい」


「無理」


「ぐぁっ…………」


「大丈夫?」


 練習と分かっていても、想像以上の打撃が襲う。一瞬あまりのショックに意識が飛びそうになった。


 ――これは、かなり危険な爆弾だ……今までの関係性など一瞬で崩壊するぞ……


「いや、その断り方はないだろう。人間でなくても心が折れるぞ」


「ごめん」


「俺がお手本になるから、役を交換してみるか」


「分かった……」


 ――っ!? 


 まっすぐ目を見つめられ、少し近づいた距離感で頬を赤くそめる。


「好き……なの。付き合って……ほしい」


「〜〜〜〜っ!!!!????」



 ――無理だ、どうやって断るんだこれは!!??


 


「…………だめ?」


 何も答えないレキサスにミラは、その服をひっぱる。


「〜〜〜〜っ、だめだ」


「えっ、私の断り方とあまり変わらな……」


 ミラがその手を離したと同時に勢いよく隣の部屋へと走り、心臓をおさえる。


 ――だめだ。あれ以上つかまれたら我慢できないところだった……



 なんとか気持ちを落ち着け、人間に効果的だと言われる深呼吸で心拍を落ち着かせる。



「もしもーし」


「わあっ!? なんだ急に!?」


「いや、どうしたのかなって……というか、お互い同じレベルじゃあ練習にならなっ……!!」


 レキサスはミラを壁に押し寄せ、片肘をそのまま壁に当て、距離をぐっと近づける。


「好きなんだ……ミラ」


「え?」


「嫌なら、避けてくれ……」


 そう言って、そのまま顔を近づけせる。


「っ!! それは……もっと距離を縮めてから考えさせて欲しいっ! 」


 思わず身体を押し除ける。


「……出来たじゃないか」


「?」


「相手との関係を崩壊まではさせず、少し期待をもたせながら上手いこと深い仲になるリスクを回避出来たな」


「えっと、今のは……」


「実践練習になっただろ?」


「あ、うん。ありがとう」


「じゃあ続きするぞ?」


「今度は役の交換を……」


「いや、俺は練習にならないからいい。本気でいく」


「?」





 後期の実技は、レキサスを抑え。ミラはまたしても学年1位をとる快挙を成し遂げたという。講師陣から新学年への挨拶を求められ


「……ノーコメントです」


 かたくなに助言を断ったという。





完結になります。最後までお読みいただきありがとうございます。

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