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後日談〈妹からの手紙〉

次話で最終話となります。


 結婚式を終え、王国の状況も少し落ち着いたので、実家の子爵家に近況報告の手紙を出した。妹には妖精印のカードを添えた。あなたの幸せを祈りますと、その言葉だけを添えて。


 

 家の奥にあるバックガーデンで昼食にしようと、セルジュと一緒にサンドイッチを作ったところだった。妖精の庭師さんのおかげで秋薔薇が見事に咲いている。夜は寒くなってきたけれど、昼はまだ日差しが暖かだった。

 ガーデンチェアに座って眺めていると、ティーポットを取りにいったセルジュが戻ってきた。一通の手紙と共に。


“お姉様、お久しぶりです。

 お手紙ありがとう。お姉様がこんな怖ろしい目に合われていたなんて、子爵家にはまったく知らされませんでした。

 お姉様は今、幸せ?お姉様のお好きな方と、お姉様を愛してくださる方と結婚なさったのだもの。きっと、とても幸せでいらっしゃるわね?おめでとうございます。

 こんなに大変なことがあったのだもの。お姉様にはもっと幸せになってほしいわ。


 状況が落ち着いたら、子爵家に来てくださるでしょう?

 いえ、お姉様、これは私からのお願いなの。お母様とお父様に、ぜひ顔を見せて差し上げて。私ではもう、お姉様の代わりにはならないから。


 お姉様が知っていらしたかどうか、わからないけれど。お姉様の力は一歳の時にはもう、お父様もお母様もわかっていらしたの。それでもできるだけ長く子爵家に置いておかれたくて、ずっと隠し続けて。でも、お姉様を見るたびに、神殿に取られてしまう、一生聖女として働かされると、お姉様を見ることもできないほと不憫に思われて。まったく、二人とも不器用な方よね?


 お父様とお母様はその代わりのように私を大切にしてくださったけれど。結局二人とも、お姉様のことを嘆いてばかりなの。だから、私では満足なさらなかったわ。だって私は、当たり前だけどお姉様ではないものね。


 エクトル様も、これはお姉様もご存知だったと思うけれど、恥ずかしいのかお姉様がいても私とばかりお話しされていた方だけど、お好きなお姉様のことがずっと忘れられないわ。こんな方と結婚するのはさすがに無理だから、私とエクトル様との結婚はありません。子爵家をつぐのが従兄のエクトル様であることは変わらないけれど。

 私は運よく仕事が見つかったので、子爵家を出ようと思います。

 

 私のほうの状況が落ち着いたら、また手紙を出します。

 お姉様がパストゥールに戻るのはまだ危険かもしれないけれど、一度は子爵家に戻っていらしてね。

 お姉様の幸せを祈って。ルーシェ”

 

 一度読み、そしてもう一度読み返した。

 わからなかった。妹の、ルーシェの言っていることは本当なのだろうかと。

 とても本当とは思えなかった。けれど、妹が嘘を言っているようにも思えなかった。けれど、妹のほうこそ真実が見えていないと言いたくなった。けれど妹の言っていることが本当なら、“代わり”という言葉に妹の屈託が表れているような気がした。

 そして最後に混乱した。私はそんなにも、表面的にしか物事を見られなかったのだろうかと。


 顔を上げれば、セルジュが気づかわしそうに私を見ていた。

「悪い知らせでしたか?何かあったのなら、俺が対処しますが。」

 セルジュが真剣に私を見て言ってくれる。波立っていた感情が少し落ち着いた。気持ちが過去に引きずられていたようだった。

「私は、その、物事を表面的にしか見ていないでしょうか?」

 聞けば、セルジュが少し驚いた顔を見せた。

「それはありません。そんな人間がここで暮らしていくのは難しいんで。」

「けれど。」

「けれど?」

 セルジュが聞いてくれていることがわかり、また少し気持ちが落ち着いた。

「子どもの頃の私は、やはり物事を表面的にしか見られなかったのかもしれないと。」

「ああ、それなら。」

と、セルジュがカップにミルクを入れて紅茶を注ぐ。

「その時はわからなくとも、時間が経ってからわかるということも、あるんじゃないですか。」 

 セルジュの答えはただ優しかった。

 妹の書いていることが本当なのかどうか、わからなくとも。


 けれど、もし、本当なら。

 母も父も、私のことでずっと痛みを抱えていたのかもしれない。そんな両親にとって、きっとーシェの明るさは救い。両親はルーシェに救いを求めていたのかもしれない。

 ならば、ルーシェが思っているように、私の代わりなどということはない。ルーシェは両親にずっと必要とされていた。

 いつか、これをルーシェに伝えられたらと思う、妹の書いていることが本当なら。


 セルジュが私を気遣うように見ていた。なので、思い切って言ってみることにした。

「妹から、王国の状況が落ち着いたら一度子爵家に来るようにとの手紙でした。

 セルジュも、一緒に来てくれますか?」

 もう一つのカップにも紅茶を注ぎながら、セルジュが答える。

「当然です、あなた独りで行かせるなどあり得ません。

 俺はあなたのご両親の許しも得ず結婚しましたから、挨拶くらいはせねばと考えていました。

 ですが。リア、これだけは覚えていてください。例えあなたのご両親に反対されても、俺があなたとの離婚を選ぶことはありません。」

 両親が私の結婚に反対する。そんなことがあるとは思えなかった。だって、両親にとって私はあまり重要ではないから。だから私の気持ちだけでセルジュと結婚した。

 けれど、妹の手紙にいくらか真実が含まれているとしたら、両親が私の結婚に対してどう反応するかわからなかった。


「セルジュ、私も離婚したくありません。ですが両親がこの結婚に賛成するのか反対するのか、特に興味もないのか、それがわかりません。だから反対だった場合、どう対応したらいいのかもわからない。一緒に考えてくれますか。」

 セルジュの手が私の頬に触れる。と、軽く口づけが落とされた。

「もちろんです、リア。」


 ほっとしたら、もう一つ気になった。

「セルジュ、それとは別に相談があります。妹が運よく仕事が見つかったなどと、手紙に書いてきたのです。貴族の令嬢ができる仕事など限られるというのに。騙されてないか、悪い仕事ではないかと、気にかかります。妹が酷い目に合ってないかギルドに依頼して調べたいのですが、どのように依頼をしたらいいのか教えてくれませんか?」

 セルジュが笑みを浮かべる。

「俺にできることなら、いくらでも。

 サンドイッチを食べながら、話しましょうか。」

「はい。」

 そして私は、セルジュの作った卵サラダのサンドイッチをぱくっと食べることにした。

「美味しいです、今日のも。」

 二切れ目に手を伸ばしたセルジュが言った。

「リアのジャムサンドも、美味いですよ。」


 その時、不意に気づいた。

 理由はきっと、セルジュが私と共にいてくれるから。少しずつ積み重ねてきた、セルジュと過ごす時間が幸せだから。

 だから気づいた。

 私の心にあったどうしようもない衝動が、誰かに見て欲しくてたまらない衝動が、落ち着いていることに。

 満たされているような気がすることに。

 


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