後日談〈今回の当て馬は俺様タイプな仕様です〉
「まったく、払っても虫が湧いて出る。」
ぼそっとセルジュが呟いた。
浄化の依頼を受けた森の奥。確かに、こういう場所には虫がいる。刺されたらかゆくなるとか、毒を持つものも。だから虫よけの香を携帯したり、ハーブクリームを塗ったりするけれど。
「そんなに虫が居ましたか、危険なものですか?」
私は気づかなかった。けれどセルジュは大きくため息をついた。
「想定済みです。たとえ結婚していても要らぬ虫が湧くことは。」
……何か、話がずれているようだった。
「リアさーん、結界の魔導具、配布OKです!」
向こうからコニーさんの声がした。了承の印に手を振る。次々に魔導具が作動して、結界が張られていく。セルジュが魔獣を倒しながら、数を伝えてくれる。
「十、展開しました。あと二つ。」
瘴気が濃かった。魔獣も多かった。私のそばにはセルジュ。少し離れて、コニーさんともう一人冒険者がいる。見かけない冒険者だった。
無事に浄化が終了すると、その見かけない冒険者に声をかけられた。何の用件だろうと考えるよりも先に気になった。セルジュの近くにその冒険者が立てば、何とも対照的な二人だった。
セルジュは一匹狼というか、単独行動を好み、時に人を寄せ付けないところがある。対して彼は、人に囲まれる人懐こさを持ちながらも、人を従わせる雰囲気があった。そんな彼がいきなり私に言った。
「気に入ったぞ、銀の聖魔法使い。」
「俺の妻だ。」
怒りを抑えた低い声が聞こえたかと思うと、セルジュに強く肩を引き寄せられた。けれど彼はあっけからんとこう言った。
「お前には言ってねえ。」
……そういう問題だろうか。そして頼むから、銀の何とかなどと呼ばないで欲しい。仕方ないので話しかけてみた。
「私の聖属性について、気に入られたとのことですよね?」
「両方だ。能力も、女としても。」
「ええと、私、結婚しています。」
「それがどうした。俺と再婚すれば問題ない。」
……やはり、そういう問題だろうか。そして、どうしてここまで自信満々なのだろう。セルジュはその経験と実力にふさわしい自然な自信がある。けれど、それとはまた違う何かが彼にはあった。
「俺と来れば、もっとおもしろいものを見せてやる。欲しいものもいくらでも。
俺についてくるだけで良い。」
私の欲しいものなどわかっているといわんばかりの様子だった。その前に、名乗ってほしいのだけど。
と、何かぞくりとした。見上げれば、どうやって抹殺しようかといわんばかりのセルジュの冷徹な視線だった。
ええと、とりあえず。私は早く帰りたいのだけど。夕方から真夜中にかけて一夜だけ咲く花があると、それを見に行こうとセルジュが誘ってくれたから。
もう一度、彼に話しかける。
「求婚してくださったということで、よろしいですか?」
「もちろんだ。」
「では、お断りいたします。」
「理由は?俺の何が気に入らねえ?」
「私は、私が愛する人と結婚したいのです。それはあなたではありません。」
「俺と一緒にいたら、必ず俺を愛するようになる。」
「いいえ、誰を愛するかは私が決めます。あなたに決めてもらう必要はありません。」
答えた途端、なぜか大笑いされた。……本当になぜ。
そんな彼がなぜか楽しそうに提案してきた。
「一度、俺と二人で依頼を受けてみないか。嫌だってなら、そいつもいれて三人でもいい。」
……。そんな面倒なことをするよりも、第三の選択肢がある。
「あなたとセルジュで依頼を受けられてはいかが。とても効率的にかつ迅速に成果が上げられるのでは?」
「それもいいな!」
「ごめんだ!!」
二人同時にそう言った。
ただ、セルジュが嫌がった割には大型魔獣が出たとのことで、二人で依頼を受けることになったようで。その結果は大成功、魔獣の巣も駆除できたとか。
その後、私はセルジュに月幻草の花を見に連れて行ってもらった。あまりに綺麗で、セルジュと過ごした時間が幸せで、良くわからない求婚をされたことなどすっかり忘れてしまった。
そんな数日後、ギルドに浄化の件についてセルジュと共に行けば、また彼、名前はガスパルというらしい、に話しかけられた。
「アダン、この依頼、どちらが成功させるか賭けないか。」
……この人はいきなり何を言い出すのだろう。セルジュが冷めた目でガスパルを一瞥する。
「この特殊な中型魔獣を俺が狩ったら、アダン、お前はリアと離婚。そしてリアは俺と結婚する。お前が仕留めたら、俺は銀の聖魔法使いをあきらめる。どうだ?
ま、俺に負けるようじゃ、リアの夫としてふさわしくないだろ?」
「ふざけるな。」
即座にセルジュの低い声がした。感情の抜け落ちた冷酷な声だった。
けれどそれ以上に、私自身がムッとした。
二人の間に割って入る。
「私を戦利品にしての賭けなどお断りです。
私の意見は?私の意思は?私の望みは?私の思いは?
もし私を戦利品として得たとしても、それが私の望んだものでなければ、私は逃げます。その檻を壊してでも。」
一気に言った。そして我に返った。そして気づいた。
……しまった、思わず言ってしまったと。そして、現実的に檻を壊すのは簡単ではなかった。しかも困ったことに、ギルド中が静まり返ってしまった。
そのなかで、セルジュがすっと私の手を取り口づけた。
「あなたが望むなら俺が逃がします、必ず。」
そして、ガスパルの笑い声が響いた。大笑いされた。……本当になぜ。
けれど私がセルジュと二人、家に帰り着くころには、そんなことはすっかり忘れることになった。なぜなら、冬物が出る時期だから買いに行こうとセルジュが誘ってくれたから。そして、一目で気に入った冬用のマントをセルジュが贈ってくれて。この先もセルジュと共にいられるのだと、胸のなかが幸せでいっぱいになったから。




