夢想曲/「あなたは女神そのものです」
エルフのリュートが奏でた夢想曲、その旋律がまだ耳に残っている。
今日は結婚式だった、黄金色に染まった木々に囲まれた神殿で。あれほど祝福してもらえるとは、思わなかった。ギルド職員の皆さんに、冒険者の皆さんに、お隣のドワーフのご老人に孫娘さんに、もっとたくさんの方々まで。
抜けるような秋の空の下、花びらが舞った。
家に戻ってもまだ、ふわふわとした喜びの気持ちが続いている。
そんな私を疲れているようだと、セルジュはソファに座らせた。ハーブティーを淹れるからとキッチンに立ったその姿は、後ろ姿も様になっている。騎士の正装のような礼装姿のセルジュは、凛々しかった。普段の冒険者スタイルも似合っていて好きだけど、自由で余裕のある雰囲気も好きだけど。今日のセルジュはいつもとまた違って、見惚れてしまった。
ハーブティーのマグカップが渡される。受け取ればセルジュも隣に座った。温かなカップにほっとする。
セルジュは何も言わなかった。私も何も言わなかった。互いが隣にいる、それだけで満たされている気持ちになった。
けれど実は一つだけ、気になっていることがあった。
あれ以来、セルジュはその言葉を口に出すことはなかったけれど。
私は、それを忘れることができなかった。
「あの、セルジュ。」
「リア?」
セルジュが少し首を傾ける。何だか馬鹿馬鹿しい気分になりながらも、聞いてみた。
「その、セルジュは私を女神のようだと、言ったことがありましたけれど。」
セルジュが穏やかに答えた。
「ええ、女神です。」
……。やはり馬鹿馬鹿しい気分になりながらも、聞いてみた。
「セルジュには私が、例えば天界から落ちてきた女神のように見えるということですか?」
口に出した途端、余計に馬鹿馬鹿しくなったけれど、反対にセルジュの表情は真剣だった。
「ええ、女神そのものです。」
……。
……。
……どうしよう。考えていた以上に護衛の過大評価が過ぎる。
そして怖くなった。幻滅される。
こんなに過大評価されていては、幻滅される。現実とのギャップに耐え切れず、早々に幻滅される。夫に幻滅されれば、いずれ離婚……。
それは嫌。それは何としても防がねば。
「セルジュ、仮に、仮にあなたにとって私が女神のように見えたとして、私にとってここは、あなたが選んでくれたこの街は楽園です。あなたが一緒に暮らしてくれるから、隣にいてくれるから楽園です。」
セルジュが穏やかに言った。
「良かった。あなたにとって楽園であるよう、俺が守りますから。」
なぜだろう。発想が護衛だった。
「セルジュ、あなたがどこまでも真剣に言っているのはわかります。私のことを考えてくれているのも分かります。
ですが、私はもう聖女ではありません。子爵令嬢でもありません。単なる一介の聖属性持ちの魔法使いです。ついでにいえば、生活能力のないただの女にすぎません。」
セルジュが私の手を取り、口づける。
「ええ、俺にとってあなたは、聖女で、子爵令嬢で、聖属性持ちの魔法使いで、他に何の問題もない、愛しい妻です。
妻なら、夫である俺が守っても何の問題もない。
夫は妻を守るものだ。これで俺はずっとあなたを守ることができる。誰にも邪魔されることなく、ずっと。」
どこまでも発想が護衛だった。
「セルジュ、あなたが真剣に私のことを考えてくれていることは、わかります。ですが、私が死んだら後を追うとか、そういうのはやりすぎですから。」
セルジュが当然とばかりに答えた。
「言ったはずです。俺は基本的に、リアより先に死ぬ気はないんで。俺が先に死んだら、リアを守れない。」
……。仕方がないのでこう言ってみることにした。
「では、あなたは私の守護者です。」
なぜかセルジュの機嫌が急降下した。低い声で問い返される。
「何人いますか?」
とんでもない質問だった。本当にセルジュの頭のなかはどうなっているのだろう?
「もちろんあなただけです。決まっているでしょう。
そもそも、こんな面倒な事情を抱えた私と関わりたい護衛など、あなたしかいないでしょう?」
あっというまにセルジュの機嫌が戻った。
「それならいいです。」
セルジュが私の手を取る。指をからめる。
「あなたは俺を選んだ。女神のほうから落ちてきてくれた。
それなら俺は、ずっと捕まえておくだけです。」
……なぜだろう。
穏やかなその声も表情も、護衛のようには見えなかった。騎士でもなかった。
セルジュが私の手首に口づける。
「こんなふうにリアに触れていいのは、俺だけだ。」
それはまるで狼。獲物をとらえた獣のようで。
深い口づけを受けながら、頭の片隅で思った。
確かに私は捕まってしまったのかもしれないと。




