話し合い/「もう一度求婚するお許しを」
「ごめんなさい。私、鞄も何も持たずに家を出てしまって、一度戻っても良いですか?」
セルジュがうなずいた。速足で家に戻って、ドアを開ける。
「すぐ準備しますから。待って。」
言い終わる前に、閉められたドアに押し付けられるようにして、セルジュの腕に囲われていた。その鋭い視線に見下ろされる。
「リアは最初から、そのつもりだったんですか。あいつに別の聖女を紹介しようと?」
「ええ、二度と勧誘に来なくても済むように。当然でしょう?
そのためには相手が望むものを知る必要があったので、いろいろ質問しました。
あの人の提案と要望が何であるのか確認し、対処するために。」
セルジュは腕で私を囲いながらも、その腕は私に触れなかった。
「ごめん。俺はリアに嫌われたくなかった。だから、昔のことを話さなかった。話せなかった。」
絞り出すような声だった。
「過去は変えられない。あの頃の俺には、あんな行動しかとれなかった。ですが、それで今あなたの信頼を失ってしまうなら、するのではなかったと悔いています。」
それを聞いて、私はどうだろうと思った。今セルジュと一緒にいられる、それだけでもう良かった。でも今の状況になるためには、殿下とのことがなければ無理ではなかったか。殿下とのことがなければ、セルジュとこんな関係になることもなかったのではないかと、そう思った。
もう一つ、もしかして、セルジュがあのエルフの入国ゲートで見せられたものは、このことだったのかもしれないと。
セルジュがひざまずいて頭を垂れる。
「あなたが俺との婚約を、結婚を考え直したいというなら、俺は護衛に戻ります。
その上であなたの信頼を得ることができたなら、もう一度求婚するお許しを。」
……。
どうして、こんなときだけ、愚直な騎士のような真面目さを発揮するのか。私が死んだら後を追うなどと無茶苦茶なことを言った人が!
困った私はこう言うしかなくなった。
「セルジュ、私にも言えないことはあります。」
まだ、セルジュは頭をたれたままだった。少しためらって、付け加えた。
「あなたに、嫌われたくなくて。」
それでも、セルジュは頭をたれたままだった。かなりためらって付け加えた。
「私も、話しましょうか。」
セルジュが顔を上げる。真剣な眼差しだった。
「あなたが話したくなったときで構わない。俺は全部、受け入れる。」
私の重くて歪んだ部分を、セルジュは受け入れるというのだろうか。こんな歪な私、そんな私は自分で何とかするしかない、誰も受け入れることなどできないと思う。受け入れると言われたとしても、そんなセルジュを信じられるだろうか。とても信じられない。でも、少し信じたい気がした。
「私の気持ちは変わりません。あなたと共に暮らしていけたら、私は幸せです。
セルジュはどうしますか。考え直しますか?」
「あり得ない!」
弾かれたように立ち上がったセルジュの腕にとらえられた。
「俺の気持ちは最初から変わりません、あなたに会ったときから。」
セルジュの答えは真っすぐだった。そう、あの森で私を助けてくれた時からずっと、私にそんな真摯さを差し出し続けてくれた。
セルジュの腕が強く私を抱きしめる。
「リア、本当に、俺を選んでくれると?」
「セルジュこそ、私の言えないことを聞かなくて、本当に良いのですか?」
問い返せば、ただ深く口づけられた。
「さあ、行きましょう。もうすぐお昼になってしまいます。」
セルジュがこの世の終わりのような暗い顔で言った。
「……リア、ここの役所は基本的に、昼前で終了です。」
「え、そうなのですか!?」
「担当のエルフが午前中しかこちらに出勤してこないんで。」
「知りませんでした。」
意気込んでいた気持ちが、拍子抜けしてしまった。それ以上に、セルジュが瘴気をまとっているように淀んでいた。
「ええと、では神殿に式の予約と、それから指輪とドレスの注文を先にして。役所には明日。
あ、ごめんなさい。私、朝一で浄化の依頼が。」
「明後日は、俺が受けた依頼があります。その次の日も依頼です。」
「さらにその次の日は、私に予定が、ドワーフそのほか皆さんと魔導具作製の場に呼ばれていて。もう一つ瘴気対策ミーティングにも呼ばれていて。
ではさらにその翌日は?」
「役所が休日です。その翌日も役所が休日です。」
……。まさかこうなるとは思わなかった。
「ごめんなさい。やはり、朝に行っておけば良かったですね。」
「いえ、待つと言いながら俺が急ぎ過ぎました。
俺の問題をあなたに話すことなく婚約しようとした、俺が愚かでした。きちんと片を付けなければならない問題だった。」
いつになくセルジュがどんよりと沈んでいた。
「ええと、では、神殿に式の予約を取りに。」
「ここの神殿で式の予約をするには、婚約届を出しているのが前提です。」
「ええと、では、指輪とドレスを。」
「ここでは何かと、婚約届を出したかと聞かれます。」
「ええと、では。私は結婚の準備に何が必要なのかも、よく分かっていません。
教えてください。どんな準備を、どんなふうに進めていったらいいのか、二人で話し合いたいです。」
セルジュが苦笑した。
「やはり、俺が急ぎ過ぎました。」
セルジュの指が髪飾りに触れ、それから私の手を取り指をからめる。
「リアが望んでくれるなら、そこから一緒に。クレープの店で昼食を食べながら、どうですか?」
「はい、お願いします。」
そして二人で、笑い合った。




