来客/「留守ということにして、裏口から出ます」
翌朝、来客があった。家を出る前、先に気づいたのはセルジュだった。郵便受けの前に人影がある。
セルジュが眉間にしわを寄せる。リビングの窓から私もそれを確認する。珍しいと思わざるを得なかった。セルジュが言った。
「留守ということにして、裏口から出ます。」
……。とりあえず反論してみた。
「冒険者スタイルの方ですね。もしセルジュに何か、急用だったら。」
「今日あなたと婚約届けを出しに行くよりも急用など、ありません。」
「冒険者の方なら、裏口から出たのに気づかれるのでは?」
「当然、俺の魔法と強力な魔導具を使って目くらましを。」
そうするべきかと思った。けれど、セルジュに何か良くないことが起こるのは避けたかった。
「軽く用件を聞いて、詳しくは後日にしてもらうというのはどうですか?」
「厄介ごとなら後日にはなりません。スルーするのが一番です。」
……一理ある。けれど。
「セルジュ、用件に心当たりは?」
「ありません。そもそも、あの男の剣はパストゥールのもの。用件があるなら、むしろリアの可能性が高い。」
コンコンと、ドアをノックする音。続いて声が聞こえた。
「パストゥールの聖女はいらっしゃるかな?」
……まさか、本当に用があるのは私だとは。しかも聖女とまで言って。
セルジュが私の手を取る。小声で言う。
「裏口に。」
迷った。けれど。
「教えてください。セルジュの知っている人ですか。王国の騎士とか、神殿の関係者とか、それ以外でも。」
「いや、俺は会ったことがない。」
「では、殺意はありますか?」
「……そこまでは、ないかと。」
今避けても、またやってきそうな問題に見えた。
「セルジュ、試させてください。私が出てみます、人違いだと言って。」
「駄目です。危険です。」
「ええ、だから、そばにいてください。」
セルジュがため息をついた。
ドアを開けたセルジュの後ろから、声をかける。
「おはようございます。けれど人違い。」
最後まで言う前に、彼が言った。
「ああやっぱり、パストゥールの聖女だ。」
セルジュがすっと抜き身の剣を突き付ける。けれど冒険者は調子よく両手をあげた。
「オレ、戦う気はないんで、とりあえず?
見ての通り、オレは冒険者のレン。
いやー、聖女様には番犬が付いてるって聞いて。だから穏便に、直接交渉に来たわけですよ。」
私は慎重に聞く。
「王国に戻るようにと?」
冒険者は軽い調子で上げた手を振った。
「違う、違う。王家と神殿から逃れた聖女様にそんな提案しないって。」
「なら、なんだ!?」
セルジュが剣呑な目つきで語調も鋭く問い返す。
冒険者がふっと笑みを浮かべた。
「王国の伯爵家がさ、聖女様にお越しいただきたいってね?」
その一言で、セルジュがぐっと唇をかみしめた。
私は、これは避けられないとため息をついた。
「セルジュ、話を聞いてみようと思います。」
「リア!」
セルジュが私の手首をつかみ、そして私の表情を見て顔を背けた。
「……あなたが、望むなら。」
「しかし、よく分からない方に家に入ってもらうわけにも。」
「それならさ、パブでいいから。オレ、朝食がまだなんだよね。」
と冒険者が道の先を指さした。その先には確かにパブの看板がかかっている。
パブに入れば、顔見知りのご近所の方が何人かいらっしゃった。挨拶しながら空いている席に座る。その前にセルジュが耳打ちしてくれた。ここで問題を起こす行動はさすがにしないだろうと。
向かいで冒険者だという彼は嬉しそうに注文している。
「まさか、ここで帝国風ブレックファーストが食べられるとは。」
隣のセルジュは胡散臭そうに冒険者を見やる。代わりに私が答える。
「ボリュームのある朝食なので、冒険者に人気だそうですね?」
もちろんこんな話、私は知らないので、セルジュから聞いたのをそのまま言っているだけだけど。
さて、注文の品が届くまで少し時間がかかる。それまでにいくらか聞いておかなくては。
「まず確認させてください。なぜ私が、聖女がここにいると?」
向かいに座った彼、金の髪に緑の瞳のなかなか見目良い彼が、良い質問だとでも言うようににっこり笑った。
「それね。聖女が深手を負って修道院で療養中、その情報はどうにも怪しい。しかも、お付きの神殿騎士がすぐに退職して行方知れず。やっぱり怪しい。例えば騎士が聖女を連れて逃げた、とか?
でもさ。聖女で探して見つかるものなら、すでに見つかっているはず。なんで、神殿騎士の方から探すことにしたんだよ。
元冒険者だっていうのはすぐにわかったから、その足取りを追えば聖女にたどり着けるかもとね。
国境のベルナックで、冒険者セルジュ・アダンを見かけたって情報はすぐに手に入った。そうすると、隣国に行ったかなと思うよね?
しかし、冒険者ギルドは利用してないみたいだし。単に黒髪の冒険者っていうだけなら、それなりにいるし。それでも、オレの勘ではレジェに行ったと思ってさ。
で、レジェの冒険者ギルドに、探し人として、黒髪の冒険者で高ランクの情報なら何でもいいと依頼を出してみた。
そうしたら、面白い情報が入って来たんだよ。長距離馬車が遭遇した大型含む魔獣三体をいとも簡単に倒した凄腕の冒険者がいるらしいって。名前もはっきりしないうえ、馬車を運営する商会からの報酬も受け取らなかったらしい。しかも黒髪、しかも女連れ。その女性は冒険者ではなかったらしいけど、三体の魔獣に動じることなく乗客をなだめたとか。」
隣でセルジュが舌打ちをした。
「ま、ほかに有力な情報もなかったから、それを追ったら、エルフの国に入ったようだと。調べたら入国審査の書類で確認できたんで、こっちに来てみることにした。書類上の同行者はいなくても、まず聖女と一緒だと思えたからね。
まあ、正攻法でここに来るのに、三か月近くかかったけれど。」
「すごいですね。」
私は思わず感心してしまった。人の足取りというものは追えるものなのだと改めてわかった。
そしてセルジュが用心してくれたからこそ、まだこの人しかここにたどり着いていない、ということも。




