告白
“俺は駄目です”
それは明確な拒絶の言葉。
わかっていたこと、そう思おうとした。けれど、息苦しいほどの何かに襲われた。これほどの絶望があったのかと思うほど、真っ暗な闇の底に突き落とされた気がした。重苦しい胸の痛みに、うずくまってしまいたくなる。
そんな私の肩をセルジュがつかんだ。
「リア、あなたは子爵家の令嬢であり、王国の筆頭聖女だ。
俺には、国を相手取りあなたを守れるほどの力がない。聖女として戻してやることもできなかった。あなたが望んだ王太子の婚約者に戻すこともできない。あなたにふさわしい暮らしもさせてやれない。
俺では駄目です。あなたに何も、与えられない。
俺ができるのはせいぜい、あなたを安全なところに逃がすことだ。こんな普通の暮らしをさせることくらいしか、できない。」
唇をかみしめ、苦しげに語るセルジュに、私はただ唖然とした。
ええと、何を言っているの。
とりあえず、その理由は馬鹿馬鹿しかった。ものすごく、馬鹿馬鹿しかった。
とりあえず、伝えなければと思った。
「あの、セルジュ。
あなたは殺されるしかなかった私を助けてくれました。私と共に逃げて、ここまで連れてきてくれました。おかげで私は、安全な場所で、安心できる生活ができています。
あなたがそれを私に与えてくれました。聖女の生活が当たり前の私に、いろんなことを教えてくれました。心地よい暮らしができるよう支えてくれました。
それだけではありません。焼きたてのクレープの美味しさに、王国にいては見ることのできない景色、穏やかに過ごせる毎日、私のペースで聖魔法を使うことも。数えきれないくらいたくさんのことを、私に与えてくれました。
何より、私が殺されそうになったあの森で、あなたは私に手を差し出してくれました。何度も、何度も。その手を私は、忘れることはないでしょう。」
例えこの気持ちが叶わなくとも、生きている限り。
「リア、あなたはそれでいいと、いうのか……。」
セルジュのこんな顔は珍しいかもしれなかった。あっけにとられ呆然として、言葉も続けられないほどに。
「ええ、私にとっては。
あなたがしてくれたことは、私をこんなに幸せにしてくれました。これ以上の幸せはないほどに。」
たとえ想いが叶わなかったとしても、それでも。
肩をつかんでいたセルジュの手が離れる。と同時に、抱きしめられていた。背中に回った腕が、きつく私を引き寄せる。
「好きだ。」
耳元で、ささやくような声が聞こえた。
「好きだ、リア。」
セルジュの手が、震える指が私の髪に触れる。
「好きだ。」
熱いほどの腕の中で、セルジュも私のことを好きなのだろうかと思った。
それなら、嬉しい。
もしかして、こうして一緒に暮らす間に、好意を持ってくれたのかもしれないと思った。
そうなら、嬉しい。
セルジュの手が私の髪をなでる。その指先を心地よく感じていると、かすれた声が耳に届いた。
「リア、ずっと好きだった。」
セルジュが私のことを好きだと言ってくれている。
ぼうっとするほど幸せな気持ちで、何となくその言葉を繰り返した。
「ずっと?」
セルジュの手が私の頭を抱えるように引き寄せる。私はその腕に包み込まれる。
「初めてリアを見たときから。」
ぼうっとしていても、あれと思った。そんなに前から、私を想ってくれていたのだろうかと。
もしかして、だからあんなにも私を助けようとしてくれたのだろうかと、初めて気づいた。
信じられなくて聞き返す。
「神殿騎士として初めて会ったときから、ですか?」
「いえ、それより前です、1年と10か月前。」
……。
……。
……。記憶になかった。失礼すぎるかもしれないけれど、記憶になかった。
困り果てて、正直に言うしかなくなった。
「ごめんなさい、覚えがなくて。私たち、会いましたか?」
セルジュがこともなげに答えた。
「いえ、俺が一方的に見ていただけです、あなたが浄化するところを。
瘴気の突発発生、大規模な浄化が必要で、魔獣も大量に発生し冒険者にも動員がかかりました。その時に。」
そういえば、そんなこともあった。
「あなたの周りには王国の騎士と神殿騎士がいた。なのに背後の守りが手薄になった。たまたま近くにいた俺が魔獣を倒したんです。
その時、あなたは一度も後ろを振り返らなかった。あの近さなら魔獣の咆哮に気づいていたはずだ。それなのに迷いなく、浄化を続けた。」
そんなことも、あったかもしれない。覚えがないけれど。
「あの後すぐ、あなたの護衛になるため神殿に入りました。王国の騎士団の場合、爵位持ちでないとあなたの近くには行けないんで。神殿なら庶民でも聖女付きの騎士になり、あなたのそばに行ける。」
何か、とんでもない話を聞いたような気がした。
セルジュの手が私の髪をなでる。
「本当に好きなんだ。俺にとってあなたは、女神だから。」
……女神?
聞き間違いだと思った。聞き間違いで良かった、それなのに。セルジュはもう一度言った。
「リア、あなたが浄化をしている姿に、女神かと思った。」
聞き間違いにしてしまいたかった。けれど、聞き間違いじゃないかもしれなかった。
さらに、とんでもなかった。いったいセルジュの頭の中はどうなっているのだろう?
抱きしめられた腕のなか、好きだと言ってくれるセルジュの気持ちが嬉しいのに、途方にくれた。
護衛の過大評価が、過ぎる。