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王国からの手紙


 夕食後、エルフ特製のブレンドハーブティーをポットに入れ、お湯を注いだ。セルジュは隣で珈琲の用意をしている。蒸らす間に、明日は二人でサンドイッチを作ろうとそんな話をする。

 出来上がったものを手に、二人でソファに移動する。私はお願いしてみる。

「川を越えてピクニックに行きたいです。」

 それならとセルジュが答えてくれる。

「日中は暑くなってきたんで、涼しい夕暮れに。星灯草という夜に咲く花が見られると。」

 その時、コツンコツンとノックの音が響いた。

「また魔導便か。」

 セルジュが面倒そうに玄関に向かう。

 夜に来る魔導便はセルジュへの指名依頼が多かった。今回もそうかもしれない。

 でも急にセルジュに依頼が入っても、私は大丈夫。少しできるようになったから。特に自分のごはんの用意とか、切って並べるだけだけど。


 しばらくして、開封された手紙を手にセルジュが戻ってきた。私は思わず立ち上がる。

「悪い知らせでしたか?」

 そう聞いてしまったほど、セルジュの表情は険しかった。いや、険しいというより、冷たさを感じるほど表情がなかった。


「いえ、あなたに吉報です。」

 訳がわからなかった。私に良い知らせでも、セルジュは全く嬉しそうではなかった。

 淡々とした声で、セルジュが続ける。

「帝国の姫と、あの男、王国の王太子の婚約の話が、なかったことになった。」

 ……なぜ。ただ驚く私に、セルジュが続ける。

「一番力の強い聖女がいなくなったことで、浄化に不具合も出ていると。

 リア、王国に戻れます。しかも状況はあなたに有利だ。」

 そう聞いても、私は何の反応もできなかった。


 淡々とセルジュが続ける。

「あなたを瘴気の森で害そうとした王国の騎士三人のうち一人が、告発しました。」

「無茶な、危険すぎます。」

 思わず声に出していた。けれど、そう考えたのは確かだけど、私には現実味がなかった。

 セルジュがちらりと私を見て続ける。

「聖女を害そうとしたのは、カルヴェ侯爵の指示であったと。

 その際、殿下の指示であるよう聖女に告げるようにと。」

 つまり、あれは、殿下の言葉ではなかったのか。そこまで疎まれていたわけではなかったのだと、わかった。私は小さく息をつく。

「告発した騎士は大丈夫なのですか?」

「良心に耐えかねた、みたいなことが書いてあります。しかもあの森に残された聖女の髪を持っていると。それは神殿騎士が切って置いていったものだろうと。まさか、こんな使われ方をするとは予想外でしたが。それを証拠に、神殿騎士が聖女を連れて逃げたはずだとも証言したようです。

 さらに神殿側も、俺の退職願を受け取った上位神官が状況を不審に思い、神殿騎士が聖女と共にいる可能性が高いと判断し、退職願を通すことにしたと証言を。」

 大きく息をついた。本当に安心した。

「良かった。それなら、セルジュが罪を着せられるようなことにはなりませんね?」

「重要なのはそこじゃない。」

 セルジュの声は、やはり淡々としていた。

「騎士は言った、だから聖女はどこかで生きている可能性が高いと。だから王国が、いや殿下があなたを探している。

 リア、あなたが愛する男と結婚できます。」

 

 混乱した。

 かつてあれほど望み叶わなかった願いが、こんな形で目の前に差し出されるとは思わなかった。

 まさか、こんな形で願いが叶えられる状況になろうとは思わなかった。まったく想像できなかった。

 その願いは叶ったのかもしれなかった。もし私が、殿下のことを愛し続けていたならば。

 けれど。けれど……!


「セルジュ、私が気になることは四つです。

 告発したという騎士は、無事ですか?」

「カルヴェ侯爵と対立する派閥のリスナール侯爵を頼ったようです。カルヴェ侯爵を蹴落とす大事な証人として扱われていると。

 王国の騎士団も以前は口を出せなかったが、あなたの件ついて不審に思っていたようだ。告発した騎士を擁護するようです。」


 まず一つ安心した。次に確認することは。

「浄化に不具合が出ていると?」

「確かにそう書いてあります、滞っていると。」

 思わず、テーブルに手を叩きつけた。

「アノ、クソジョーシドモ。」

「え、リア!?」

 セルジュがぎょっとした顔で私を見返した。

「失礼。

 私は魔力量が多く、聖属性の扱いが上手いほうで、筆頭聖女として目立つ位置ににいましたが、私の代わりの聖属性持ちはいます。 

 ですが、力の強い聖女つまり魔力量が多いということですが、それ一人に頼ったやり方では限界がくる。魔力量の多い一人に頼り怪我や病気で浄化ができなくなったら、かなり困る。あるいは力の強い聖女が一人もいなかったらどうするのかということです。こういうシステムは危ういと、前々から考えていました。

 重要なのは、瘴気の害が少ない状態を維持すること。ですから改善案を作成し提案しました。検討すらされなかったようですが。

 ええ、いい機会です。筆頭聖女一人に頼るのではない、そんなやり方を作り上げればいいことです。人間追い詰められれば、何か案も浮かぶでしょう。いい機会です。」


 私は叩きつけた左手を見る。慣れないことをして手がしびれた。その手をセルジュが包む。軽く癒しの魔法がかけられたのがわかった。

「神官どものために、あなたが手を痛めることはない。

 ところで手紙には、フォートリエ大神官が戻ると書いてある。」

「本当ですか。それなら何かしら改善されるでしょう。

 庶民出身の聖女たちは、爵位持ちよりもっと大変でしたし。それも含め改善を期待したいところです。

 ええ、フォートリエ大神官が聖女の塔にいらしたときは、まだマシでした。その後、神殿を統括する役目を負われ、中央神殿に行かれて。大神官が戻られるなら、私などがわざわざ心配することもなくなりました。」


 これも安心した。次は。

「三つ目、帝国の姫君はその後、どうされることに?」

「魔族の生贄になったと。」

「魔族の!?」

「そう書いてあります。」

 セルジュがどうでもいいという口調で答える。

「いったい、どうして、そんなことに。」

 悪魔に容姿が似ていると、人間からは忌み嫌われる魔族。その魔族の生贄とは。

 姫にとって殿下との婚約は、帝国と王国の利益がからんだ無理矢理な政略結婚だったのかもしれない。こちらに来て知ったけれど、魔族の生贄とはつまり、唯一の大切な婚約者という意味合いに近いのだから。

 ただ報告からはそれ以上わからず、心配のしようもなかった。


 そして最後。私はセルジュを見上げる。

「四つ目、私は戻りません。これについて、戻らないと知らせた方がいいのか、知らせない方がいいのか、セルジュの意見を聞かせてくれませんか?」

 信じられない、そんな表情が返ってきた。

「セルジュは、反対ですか?」

 冷静に尋ね返そうとして、少し声がふるえた。

「セルジュは、戻ったほうが良いと?」

「違う!侯爵の策謀を止められず、あなたをこんな目に合わせ泣かせるような男の元へなど、返したくはない。だが。

 あなたがそれで幸せになれるならば。」

 その言葉からはただ本気が伝わってきた。私の幸せを願ってくれていると。

 でも、もう私はそれでは幸せになれない。戻っても幸せではない。


 セルジュが言い募る。

「あなたがまた殺されそうな目に合うのではないかと、それを懸念しているのなら俺が守ります。

 しかし状況は変わった、あなたを害そうとする者はいない。いたとしても、俺が守ります。

 あなたは必要とされている。王家も、リスナール侯爵はじめ、その派閥である半数近い貴族も、騎士団も、もちろん神殿も。」


 私の何を必要としているのだろう、そう思った。

 役立つ聖属性の持ち主、あるいは何時でも浄化をしてくれる便利な聖女。私の魔法を王国で役立てる、そんな道も確かにある。以前より少しは、やりやすくなるかもしれない。けれど。

 私はここで聖属性持ちの魔法使いとしての生き方を知った。その幸せも。

 何よりセルジュが、そばにいてくれるから。


 けれど、そのセルジュは私に言った。

「あなたにとって、もう俺が必要なくなったなら言ってください。

 俺はいつでも、ただの護衛に戻ります。」

 覚悟の決まったセルジュの声と表情だった。私はそれをじっと見つめ返す。

「私は、戻りません。」

 答えれば、セルジュに詰め寄られた。

「リア、なぜ、あなたはあの男のことをあんなに!」 


 セルジュからその言葉は聞きたくなかった。私の不誠実さを突き付けられたような気がした。

「ええ、そうですね。殿下と少しばかり親しい関係でいたのは五年くらいでしたか。

 それが、あれからたった三か月で気持ちが変わったと言ったら、私はいい加減な人間に見えるだろうと思います。

 ですが、私は変わってしまいました。殿下を想う気持ちは欠片もないほどに。」

 セルジュが声を荒げた。

「違う!あなたがいい加減だとか、そんな話をしているんじゃない。

 リア、あなたは、あんな男のために、あれほどの努力をして。」


 ああ、セルジュはあれを努力といってくれるのか。セルジュは知って、わかっているのだとそう思えた。それだけでもう、いいような気がした。

「ええ、努力はしたかもしれません。ですが、上手くいきませんでした。私には王太子殿下の婚約者としての資質がなかったということです。」

「違う。あなたの聖女としての力が大きいからこそ、あいつらは殺害という手段を取るしかなかった。」

「ですが、私にはそれを防ぐだけの力はなかった。それを阻止する力も、自分の身を守る力もなかった。私は味方も作れなかった。だから私を助けようとする誰かもいなかった、セルジュ、あなた以外には。」

「違う。状況があなたに不利だっただけだ。」


 セルジュの言い分と私の考えと、どちらが本当なのか私にはわからなかった。

「どちらにしても、私にとって有利な状況を、私は作ることができなかったということです。

 それでも殿下が私を探しているというならば、気持ちの変わった私は責めらるべきなのかもしれませんが。」

 セルジュが強く言い募る。

「違う!俺は、そんなことを言っているんじゃない。

 あれほどの努力をしたのは、それほどまで愛していたからでは!?」

 セルジュの問いかけはどこまでも真剣だった。

 けれど、そう言われては否定せずにはいられなかった。どうしても。


「違う、もう違うんです、私は。セルジュ、あなたが好き。」


 護衛が再び信じられないものを見る目で私を見返し、狼狽えた。顔をそらし、早口で言う。

「俺は駄目です。」


 目の前が真っ暗に塗りつぶされた気がした。




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